| 鈴木大拙館 |
鈴木大拙館と中村記念美術館に行きました。両館は「本多公園」のエリアに位置しています。 また、公園の出入り口には長屋門が置かれています。
1.鈴木大拙館
鈴木大拙館は、金沢出身の世界的仏教哲学者・鈴木大拙の思想や足跡を国内外に伝える博物館として、2011年に開館した。
建物は、やはり金沢出身の建築家・谷口吉生が手がけた。水鏡の庭に浮かぶように佇む、白い立方体の建物は、禅の精神や大拙の思想である「無」を表現している。
「思索空間棟」は、伝統的な四畳半の間を意識した正方形の空間になっていて、目の前に静かに波紋が広がる水鏡を眺めながら思索に浸ることができ、いわば「禅ZEN」の境地に到る感じである。
(1)鈴木大拙(1870-1966)
鈴木大拙(すずき だいせつ)は、禅をはじめとする仏教思想を広く海外に紹介し、世界の思想界に多大な影響を与えた金沢生まれの仏教哲学者である。著書約100冊の内23冊が、英文で書かれ、日本の禅文化を海外に紹介した。
また、金沢との関わりは深く、哲学者・西田幾太郎、国文学者・藤岡作太郎とは石川県立専門学校(第四高等学校・金沢大学の前身) 以来の友人であり、鈴木、西田、藤岡の三人は「加賀の三太郎」と称された。また、金沢時代の旧友である安宅産業の安宅弥吉は「お前は学問をやれ、俺は金儲けをしてお前を食わしてやる」と約束し、大拙を経済的に支援した。
(2)谷口吉生(1937-2024)
谷口吉生は、金沢生まれの建築家で、「世界で最も美しい美術館をつくる建築家」といわれている。設計した多くの作品には建物の前に浅い人工池(水盤)が配されており、光の反射や空の映り込みによって、静寂さと広がりのある空間を生み出している。
父の谷口吉郎(1904–1979)も建築家であり、日本の伝統美とモダニズムを融合させた「和風モダニズム」の第一人者といわれている。
親子二人の手掛けた建築は、東京国立博物館の法隆寺館(吉生)、東洋館(吉郎)があり、あわせて見ることができる。
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| 東京国立博物館・法隆寺館 |
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| 東洋館 |
(参照):
2.金沢市立中村記念美術館
金沢の実業家・中村栄俊(1908~1978) が収集した茶道具を中心に、絵画や古九谷、加賀蒔絵などの優れた工芸品を多数展示している。
中村は、「美術品は国民の宝」との信念から、私邸を移築・改装した「中村記念館」を1966年に開館した。その後、収集品や施設を金沢市に寄贈し、1975年に「金沢市立中村記念美術館」として再発足した。
(1)展示品
茶碗、茶入、釜、水指、茶掛といった一級の茶道具のコレクションが並ぶ。
| 茶杓と共筒 |
| 《鶴香合》二代 横萩一光 明治―大正時代 |
| 黒織部沓茶碗 江戸時代 |
| 《秋草蒔絵棗》 江戸時代 |
| 《宝船》二代 山川孝二次 明治時代 |
| 堅手茶碗《寒紅梅》李朝時代(16世紀) |
展示作品の中には、松花堂昭乗の萬葉集にある大伴家持の和歌をしたためた色紙、隠元隆琦 の「萬年松」と書かれた一行書もあり、いずれの名も京都の旅で出会ったことを思い出した。
| 《和歌小色紙》松花堂昭乗 江戸時代 |
| 一行「萬年松」 隠元隆琦 江戸時代 |
(2)茶庭
館内からは茶庭を眺めることができる。
また、館内の和室喫茶スペースでは、美術品を鑑賞したあとにお抹茶と季節の和菓子を気軽に味わうことができる。いただいた和菓子「風流」は、創業嘉永2年(1849年)の金沢の老舗・諸江屋を代表する銘菓(生らくがん)である。
| 生らくがん「風流」 |
(3) 旧中村邸
同じ敷地内にある建物は 昭和初期に建築された木造の町家建築で、かつては中村氏の私邸および初代の美術館本館として使われていた。
3.旧本多家住宅長屋門
加賀藩で5万石(大名並み)の禄高を誇った名門・本多家の分家にあたる「本多内記(ないき)家」の長屋門である。建築年代は江戸末期で 三度の移築を経て現在地(本多公園内)に到るが、当初の場所は不明とのこと。
長屋門とは、見張りの部屋や奉公人の生活空間が門と一体になったもの。仲間(ちゅうげん)や小者(こもの)と呼ばれる武家の奉公人はここに住み込み、門番やお供などの仕事を行っていた。
かつての本多家の広大な敷地には、現在、いくつかのミュージアムがあります。次回は、石川県立美術館、国立工芸館などを見ていきます。

