2026年4月10日金曜日

京の寺社9~西本願寺

 

御影堂・親鸞聖人像

京都駅からタクシーに乗り、西本願寺に行きました。ここでは、特別公開として「飛雲閣」が拝観できると思い込んで行ったのですが、案内所で聞くと、今日はお休みとのこと。そうだ、特別公開の期間ではあるが、この日は休館になっていたことを失念していました。

それでも、西本願寺の御影堂と阿弥陀堂などを拝観してきました。

1.西本願寺

西本願寺は、鎌倉時代に親鸞聖人の娘(覚信尼)が父の墓所として建てた廟堂が始まりで、曾孫の覚如が1321年に寺院化した。その後、第8代蓮如上人が近畿から北陸に教えを広め、戦国時代には巨大な勢力となり、織田信長と10年にわたり抗争を繰り広げた。山科、石山、天満など各地を転々とした後、1591年に豊臣秀吉の寄進で現在の地に移った。江戸時代には教団内の後継者争いから、 徳川家康が教如を擁立してもう一つの本願寺(現在の東本願寺)を設立した。これにより、もともとの本願寺が「西本願寺」と呼ばれ、東西分離となった1602年)

現在は、浄土真宗本願寺派の本山である。なお、正式名称は「本願寺」。

タクシーで乗りつけたのは阿弥陀堂門の前。門をくぐると、南北に並ぶ巨大な建物である、御影堂と阿弥陀堂がある。巨大な建物は、渡廊下でつながっており、門徒が一体となって参拝する真宗寺院の完成された配置となっている。

阿弥陀堂門

阿弥陀堂門


阿弥陀堂門

御影堂門

2.御影堂(ごえいどう )

宗祖・親鸞聖人の木像(御影)を安置する建物で、1636年に再建された。南北62m、東西48m、高さ29mを誇る世界最大級の木造建築で、一度に1,200人以上が参拝可能であるという。

中央に親鸞聖人の木像、両脇に本願寺歴代宗主の影像を安置し、両余間には十字名号(帰命尽十方無碍光如来)と九字名号(南無不可思議光如来)を安置している。

3.阿弥陀堂(あみだどう)

本尊である阿弥陀如来の木像を安置する「本堂」 で、1760年に再建された。西42メートル、南北45メートル、高さ25メートルと、御影堂より一回り小さいものの、真宗本堂の完成形とされる高い技術と意匠を誇る。

中央に阿弥陀如来の木像、両脇にインド・中国・日本の七高僧の内、龍樹菩薩・天親菩薩・曇鸞大師・道綽禅師・善導大師・源信和尚の六師を、両余間に法然聖人と聖徳太子の影像を安置している。

阿弥陀堂

御影堂、右側は阿弥陀堂

御影堂



渡廊下









十字名号(帰命尽十方無碍光如来)

親鸞聖人像


扁額の「見真」は明治天皇から宗祖・親鸞に贈られた諡号

九字名号(南無不可思議光如来)

法然聖人(黒谷源空)影像

雪松図

雪梅竹図





4.大銀杏

御影堂と阿弥陀堂の前の白洲に樹齢400年を超える大銀杏がある。形が逆さまに見えることから「逆さ銀杏」と呼ばれる。また、火災の際に水を吹き出して建物を守ったという伝説から「水吹きイチョウ」と呼ばれている。

大銀杏、右側手前は経堂


5.飛雲閣(ひうんかく)

1587年に完成した豊臣秀吉の邸宅「聚楽第」の一部であったと伝えられる。仏教寺院の建物でありながら、仏殿としての性格を持たず、完全に住宅風(数寄屋風)に造られている。これは、秀吉が客人を招き、茶の湯や舟遊びなどの遊興を楽しむための施設として造られたためといわれる。

* 飛雲閣


京の旅の三日目は西本願寺、残念ながら飛雲閣は観ることができませんでしたが、またの機会ということに。

4日目は旅の最終日、泉涌寺に行きます。

京の寺社8~随心院

 

小野小町の歌碑

醍醐寺から歩いて15分ぐらいのところに随心院があります。ここは小野小町ゆかりの寺として知られています。

1.大乗院

大乗院は、随心院の子房(塔頭)で、随心院の手前にある。 境内には、樹齢数百年ともいわれる立派な椿があり、「大椿(だいちん)」の寺ともいわれる。










2.随心院

991年、弘法大師空海から8代目の弟子にあたる仁海僧正(にんがいそうじょう)によって開基された。 仁海僧正は、神泉苑で雨乞いを行った9回もの祈雨(雨乞い)の儀式をすべて成功させたことから「雨僧正」と称えられ、その功績によって一条天皇から寺地(現在の随心院の場所)を賜った。

当初は「牛皮山曼荼羅寺」と称した。それは、仁海が夢で亡き母が牛に生まれ変わったことを知り、その牛を飼育したが、死後に牛の皮に両界曼荼羅を描いて本尊としたという伝説に基づいているという。

「随心院」という名は、第5世住持である増俊(ぞうしゅん)阿闍梨が、もともとの本堂であった曼荼羅寺の子房(塔頭)として隨心院を建立したことに由来する。 「随心」という名は、真言密教の教えにおいて、「仏の心(慈悲や悟り)が、修行者の心に自由自在に随(したが)い、通じ合う」といった、意味合いがあるという。

「随心院」と改め、後堀河天皇より門跡の宣旨を賜り、以来、代々皇族や公家が住職を務める門跡寺院となる。しかし、承久・応仁の乱で焼失し、一時荒廃したが、慶長4年(1599年)に本堂が再建され、以後、九条二条両摂家より門跡が入山し、両摂家の由緒をもって寄進再建された。

(1)建物と庭

庫裏は、桃山時代の建築で、二条家の政所を移築したもの。院の台所であり、現在は拝観受付となっている。

表書院は、江戸時代の寛永年間に九条家から寄進された建物。表書院は門跡が使者と対面された部屋で、庭園に面し、狩野派の描いた「四愛図」や「四季花鳥図」などの襖絵がある。

能の間は、やはり九条家より寄進されたもので、ここで能の上演が可能となっており、門跡が日々の楽しみとしたという。仏間には小町地蔵尊と卒塔婆小町坐像が安置されている。

奥書院は、表書院のさらに奥に位置し、より格式の高い私的な空間である。狩野派による 舞楽図、宮廷人物図、竹虎図などの障壁画がある。奥書院の前にも苔の庭園が広がる。

本堂は、1599年に桃山城の遺構を移築して再建された、寝殿造りの建物とされる。 本尊である如意輪観世音菩薩を安置する。 表書院の近くにあり、この間の庭園は一面の苔に覆われた美しい光景である。

入口の扁額に「豁如」とあるのは、心静かに気持ちを落ち着けて、仏菩薩を拝するようにとの意味があるという。



大玄関は、本堂や書院の入り口で、九条家から寄進された格式高い建物。

薬医門は、境内南側にあり、大玄関の前へと続く門。大玄関同様、寛永年間に九条家から寄進された歴史ある門である。

庫裏

庫裏付近のサンシュユ

大玄関から薬医門をのぞむ

表書院から本堂とその庭をのぞむ





心字池




薬医門

薬医門

薬医門


(2)襖絵・杉戸絵

表書院、奥書院には、狩野派の絵師による襖絵があるが撮影不可であったので、同じく狩野派による杉戸絵の写真を載せて置く。

能の間は、極彩色の小町絵図や花のインスタレーションで賑やかに飾られていた。

また、門跡が使ったという駕籠や、門跡が野点に使ったという茶釜と風炉が置かれていた。

入口の小町を描いた衝立

能の間の襖絵など









茶釜と風炉

駕籠


3.小野小町

随心院がある「小野」の地は、一族である小野氏の邸宅があった場所ということから、小野小町が晩年を過ごしたと伝えられる。

小野小町は、平安時代、9世紀頃に活躍した歌人として知られるが、その生涯等についてはほとんど不明である。 『古今和歌集』の序文で「六歌仙」のひとりに選ばれた、唯一の女性歌人で、三十六歌仙にも選ばれている。

絶世の美女として名高いが、いっぽうで 百歳まで生きた、あるいは晩年は醜く衰えたという「卒塔婆小町」の説話もある。

(1)歌碑

入口付近には小野小町の歌碑があり、百人一首のよく知られた次の歌が書かれている。

「花のいろは うつりにけりな いたづらに わがみよにふる ながめせしまに

「花の色は色あせてしまったことよ、長雨が降り続く間に。むなしく私もこの世で月日を過ごしてしまった、物思いにふけっている間に。」という意味で、花の色があせていくことに自分の身が老いていくことのはかなさを重ねて詠んだ歌とされる。


また、小野小町をモチーフにした小町絵馬に願いが込められていた。


(2)小町化粧井戸

この地に隠棲していたとされる小野小町が、毎朝この井戸の水を使って化粧をしていたという伝説が残っている。水面に向かって降りる道がついている珍しい形状が特徴で、その昔には風雅な建物があったところといわれる。






(3)小野梅園

随心院の境内の一部に、小野梅園があり、白梅や紅梅など約200本の梅が植えられている。 庭園には遅咲きの梅があり「はねずの梅」 といわれる。「はねず」とは薄紅色の古名で、3月の末には、「はねず踊り」という華やかな衣装をまとった少女たちが舞う行事が行われる。これは小野小町が老いた後、里の子供たちと踊ったという伝承を再現したものだという。





(4)卒塔婆小町坐像

鎌倉時代の作とされ、晩年の小野小町の老いた姿を描いたという立膝で座る像である。絶世の美女の面影はなく、歯を見せて笑うような表情や、首・額のしわなど、年老いた姿がリアルに表現されている。「卒塔婆小町」という言葉は、この老いた小町の姿を描いた能の演目名となっている。



随心院を後にして、まだ少し時間があったので、地下鉄小野駅から京都駅に出て西本願寺に向かいました。

京の寺社9~西本願寺

  御影堂・ 親鸞聖人像 京都駅からタクシーに乗り、西本願寺に行きました。ここでは、特別公開として「飛雲閣」が拝観できると思い込んで行ったのですが、案内所で聞くと、今日はお休みとのこと。そうだ、特別公開の期間ではあるが、この日は休館になっていたことを失念していました。 それで...

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