| 観智院 |
京阪・石清水八幡宮駅から途中、丹波橋で近鉄に乗り換え東寺駅に着きました。東寺には何度か来ていますが、今回の狙いは、東寺五重塔の内部が特別公開されていて拝観できること、もうひとつは東寺の塔頭である観智院を訪れることでした。まずは、東寺の慶賀門から入り、北大門を出て観智院に向かいました。
なお、観智院では、庭以外は撮影禁止となっていました。(*印はネットから借用した写真)
1.観智院
観智院は、東寺の塔頭で、1359年に創建された真言宗の学問所(勧学院)である。 東寺の塔頭の中で最も格式が高く、観智院の住持が東寺の別当を兼ねていた。
客殿は、1605年(慶長10年)に再建された、桃山時代の書院造を伝える貴重な建造物。豊臣秀吉の正室・北政所(ねね)の寄進によって建てられたとされている。
(1)北大門~櫛笥小路
観智院は東寺・北大門を出て真直ぐな道の東側にある。この道は、櫛笥小路(くしげこうじ)といい、平安時代以来そのままの道幅(約12メートル)で残っている京都市内ただひとつの小路である。この小路は、学僧たちが修行や講義のために往来する重要な道であった。
東寺・北大門 東寺・北大門 右側・屋根が見えるのが観智院、左側は櫛笥小路
(2)蓮池
北大門を出て少し進むと、「善女大龍王」という大きな石碑が建っている。善女大龍王は、弘法大師空海が雨乞いの儀式のためにインドから招いたとされる強力な龍神(水の神)である。
ここには、東寺の境内南西にある「蓮池」があり、時期であれば蓮の花が見事に咲くというが、いまは水鳥たちが羽を休めていた。
2.客殿
客殿は、歴代の東寺長者(最高位の僧侶)が住まう、格式高い生活と公務の場であった。
(1)建物
建物は、1605年に再建された、入母屋造り、軒唐破風を付けた 桃山時代の書院造の一典型で国宝となっている。公式の客殿としてだけでなく、僧侶の生活空間としての性格が強く、当時の僧侶の住房の様子をよく伝える貴重な遺構とされる。
(2)宮本武蔵の絵
客殿の内部には、剣豪・宮本武蔵が描いたとされる、床の間の「鷲の図」や襖の「竹林の図」が残されている。なぜ武蔵の絵がここにあるかというと、一乗下り松の戦いの後、武蔵は敵として吉岡一門に狙われており、この寺に三年間隠れていたからだという。しかし、観智院は格式の高い寺、従五位下以上の官位を持つ者しか入れない寺であり、そこで、武蔵を「客分」として受け入れるよう仲介したのが、石清水八幡宮の松花堂昭乗であった。松花堂は、武蔵とは絵を通じて交流があり、彼には絵心があると言って斡旋したとされる。
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3.本堂
客殿の東側に、本堂があり、本尊は、五大虚空蔵菩薩が安置されている。
(1)五大虚空蔵菩薩像
平安時代、恵運(えうん)という僧が唐から持ち帰ったと伝えられている。そのため、日本の他の仏像とは少し異なる異国情緒を感じさせる姿である。五尊はいずれもその台座まで含めて、一木造りとなっていて、蓮の花弁でかたどられた蓮台に結跏趺坐し、獅子、象、馬、孔雀、迦楼羅(かるら)という鳥獣の上に鎮座している。この菩薩が乗っている5種の鳥獣は、密教の宇宙観における「五智」という5つの知恵を象徴している。
法界(ほうかい)虚空蔵は、獅子に乗り、威厳と絶対的な知恵を象徴。
金剛(こんごう)虚空蔵は、象に乗り、堅固な意志と実行力を象徴。
宝光(ほうこう)虚空蔵は、馬に乗り、迅速な救済と福徳を象徴。
蓮華(れんげ)虚空蔵は、孔雀に乗り、煩悩(毒)を喰らう浄化を象徴。
北の業用(ごうゆう)虚空蔵は、迦楼羅 に乗り、諸悪を打ち払う力を象徴。
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(2)愛染明王
本堂には、五大虚空蔵菩薩像とともに 「愛染明王像」が安置されている。愛染明王の梵名は、ラーガといい、赤い色という意味で、赤い顔と6本の腕を持ち、恐ろしい表情をしている。これは邪悪な者を懲らしめ、仏教の規律を守らせるための姿とされている。
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4.庭園
建物に付属して、次のような日本庭園が造られている。
(1)長者の庭(涅槃録の庭)
客殿の南側に広がる枯山水庭園で、 観智院が、真言宗の最高位である東寺長者が代々住まう場所であったことから
、「長者の庭」という。また、白川砂利の広が りの中に隠岐島の赤
松、杉苔、吉野石、守山石等を巧みに配し、真言密教の無限の宇宙観と涅槃寂静の境地を表しているということから「涅槃禄の庭」とも称している。
この庭は、 かつては空海が唐から帰国する様子を表現した「五大の庭」と呼ばれていたが、2017年に再整備され、「長者の庭(涅槃禄)」として新しくなった。
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| 普段は閉じられている門を開くと、庭石と松越しに客殿が見える |
(2)五大の庭(旧)
かつて「五大の庭」呼ばれた庭は、空海が唐から帰国する際の様子を、白砂の海と5つの石(五大虚空蔵菩薩を象徴)で表現したダイナミックな枯山水であった。
建物(客殿)から見て右手に日本側に見立てた築山、中央から左手にかけて大海原(白砂)が広がり、そこを空海を乗せて波濤を越える船の姿に見立てた石が進むという、物語性の強い石の配置がされていた。また、築山付近に置かれた、密教の梵字が刻まれた5つの石が、観智院の本尊である「五大虚空蔵菩薩」を表していた。
(3)四方正面の庭
客殿と本堂の間にある中庭で、桃山時代の作庭と伝えられている。その名の通り、四方のどこから眺めても正面として美しく見えるように設計され、周囲の建物や廊下との連続性が高く、小規模ながらも華やかで完成度の高い空間を作っている。
(4)茶室「楓泉観(ふうせんかん)」の露地庭
本堂の北側に、茶室・楓泉観があり、その露地には鹿威し(ししおどし)、石灯籠や蹲踞(つくばい)、飛び石などが配された端正で静謐な佇まいを見せている。
5.弁財天
東寺の北大門のすぐ右手に、独立したお堂である「弁天堂」がある。 空海作と伝わる秘仏の弁財天像が安置されているという。弁才天はもともとインドの川を神格化した水の神であり、その水の流れる音が音楽や言葉に通じることから、広く信仰されるようになった。
また、観智院の近くには「安産地蔵尊」という石柱が建っている。石柱には「尊」とついていることからも、単なる路傍の石仏ではなく、寺院に連なる尊い仏様として大切に祀られてきたものという。





