| 井波・八日町通り |
瑞泉寺門前の八日町通りは、井波彫刻の工房が並び、町のあちこちに作品を観ることができます。この彫刻の街並みを歩いてみました。
1.町の歴史
「八日町」という名の通り、中世には定期市が開かれていた。1390年に本願寺第5代の綽如上人によって「瑞泉寺」が創建されたことに伴い、広大な寺院を支えるための門前町として八日町通り周辺が急速に発展した。
江戸時代中期の1747年 (延享4年)に起きた瑞泉寺の大火で焼失した本堂を再建するため、京都の本願寺から御用彫刻師である前川三四郎が派遣された。 この際、地元の宮大工たちが彼から京都の高度な彫刻技術を熱心に学び取った。これが「井波彫刻」の始まりであり、これ以降、井波は単なる大工の町から「芸術的な木彫り職人の町」へと変貌を遂げていく。
明治時代以降は、寺院建築だけでなく、一般住宅の高級な「彫刻欄間」の生産で全国一のシェアを誇るようになる。高度な技術が代々受け継がれ、現在でも約200軒の工房があり、約250人の彫刻師がこのエリアで活動している。
| 工房 |
| 蕎麦店 |
| 七味入れ(フクロウ)も井波彫刻 |
2.町が美術館
町のあちこちに彫刻作品が見られ、さながら町全体が美術館となっているようだ。通り周辺には、職人たちが遊び心で彫り上げた約30匹の「木彫りの猫」が隠れており、散策の楽しみを増している。(30匹も見つけられなかったが)
猫の彫刻
| 自販機に猫 |
| 自販機に猫 |
| エアコンの隙間に猫 |
動物・霊獣・七福神などの彫刻
| 「綽如上人 乗馬の蹄あとから泉がわき 瑞泉寺建立を発願」 |
| 「あわや山門が類消か/その時 彫刻の竜が抜け出し水を吐き 一撃に火を消す」 |
| 「綽如上人 大風に悩む里人の願いをいれて 風神を穴深く封じ込め」 |
| 花鳥の塔 |
| 花鳥の塔 |
| 境内にある消火器にも井波彫刻 |
3.旧井波駅舎
金沢駅からバス(加越能バス)で降りたところが旧井波駅舎である。旧駅舎は、加越線といわれた石動から井波を通り、庄川まで走っていた鉄道の駅舎であった。昭和47年の鉄道廃止前までは瑞泉寺への玄関口として多くの参拝客を迎え入れていた。現在は、加越能バスが運行する路線と、南砺市営バスの複数路線が乗り入れている。
駅舎は、1934 年(昭和9年)に建築された寺院のような形で、代々瑞泉寺の大工棟梁をつとめた松井角平の手による。現在は「井波町物産展示館」として使われている。
![]() |
| * 旧井波駅舎 |
瑞泉寺の建築とそこに施された井波彫刻を見た後、この八日市通りで隠れている面白い猫の彫刻などを見ながら散策しました。
つぎに井波から高岡に向かいました。
