諏訪敦「眼窟裏の火事」<Mimeisis> |
府中美術館に行ったのは、昨年の暮12月下旬でした。12月17日から始まった諏訪敦「眼窟裏の火事」を観に行きました。諏訪敦の絵は単に写実的であるというだけでなく、その人物の内面まで抉り出すようなリアルさがあり、一度見たら忘れられない絵です。
1.諏訪敦
諏訪敦は、1967年北海道生まれ。その絵は写実を超え、人物の内面、その生い立ちといった歴史まで注ぎ込まれている。絵の制作をするうえで徹底した取材を行い、そのプロセスを一つのプロジェクトとして、テレビのドキュメンタリーでも放送されている。例えば、満州で亡くなった祖母を描くにあたり満州に渡り、何故祖母は死ななければならなかったのか、満州開拓団の取材を行い、祖母の肖像を描く、その一連の画家の格闘の姿をドキュメンタリーとしてNHK ETVで放送された。また、亡くなった娘の肖像を描いてほしいという依頼を受けて、画家は依頼主の娘に対する気持ちを制作する絵画で応えることができるのか 、ということを徹底した取材のもと娘の肖像を描く、その一連のプロセスがNHK日曜美術館で紹介された。
2011年NHK『日曜美術館 記憶に辿り着く絵画〜亡き人を描く画家〜』
2016年NHKETV特集『忘れられた人々の肖像〜画家・諏訪敦“満州難民”を描く〜』
とくに亡くなった人を描いた作品には、写実を超えた真実があるように思え、作品にくぎ付けになる。たとえば、舞踏家・大野一雄は100歳を超え寝たきりとなっている姿、あるいは父の亡くなる前後の姿を克明に描いている。また、満州で亡くなった祖母は、その肉体が九相図のように朽ちていく姿を描いている。
これらの作品を前にして、観る者はくぎ付けになり、しばらくはそこから離れられなくなる。そんな心を揺さぶられる衝撃的な絵である。
2.「眼窟裏の火事」
この展覧会のタイトルは、「眼窟裏の火事」で、次のように三章で構成されている。予め言ってしまうと、画面に、あえて白い揺らめきや光点が描き込まれているが、これは、画家・諏訪が悩まされている「閃輝暗点」だという。閃輝暗点は視野の中にギザギザの光の波が現れ、だんだんと広がり、そこが暗くなってはっきりと見えなくなる症状とされる。
その現象を絵画の中に描き込んでいるのである。それがタイトルの「眼窟裏の火事」となっている。
第1章「棄民」
会場を入るとすぐに、父の病室での姿を描いた<father>という大きな作品が置かれている。この第1章「棄民」は、諏訪が父の残した手記から満州哈爾濱で亡くなった祖母と叔父の存在を知り、「父や祖母が体験したこと、見たであろうものを、自らの目で可能な限り探り出す」ため、満州の現地を取材し、過去の出来事の絵画化に取り組んだ作品が並ぶ。雪原に横たわる極限まで痩せ衰えた裸婦像 が大スクリーンに投影され、死に至るプロセスが描かれる。しかし、「九相図」のように無残に変容させた女性の尊厳を回復する思いを込めた<依代> というタイトルで、同じ若い女性像も描かれている。
第2章「静物画について」
静物画に焦点を当てる第2章は、西洋美術史の重要ジャンルである静物画の探究に取り組んだ作品が照明を落とした展示室に並ぶ。その静物画には先ほど述べた揺らめく白い影や光点が敢えて書き込まれている。
そのなかに<Chromatophre>というタイトルの静物画がある。 Chromatophreとは、色を生成する細胞であり、魚類、甲殻類、両生類などの動物に見られる色素はこの細胞群によるものだという。イカが瞬時に色を変えることができるのは、皮膚にChromatophre(色素胞)をもつ器官があり、色素胞は筋肉細胞に付着していて、イカは、これを瞬く間に伸縮することができ、泳ぎながら色素を展開させたり引っ込めたりすることができるからだという。描かれたイカの大きな眼がこちらを見つめるようだ。
第3章「わたしたちはふたたびであう」
諏訪が描く人物画には、実在する人のみならず、亡くなった人も描かれる。画家は亡き人の情報を綿密に取材し、その人物像を再構成して描いていく。
ここには、舞踏家・大野一雄の寝たきりの姿を描いた絵、そして大野が亡くなった後、大野に触発された川口隆夫というパフォーマーをモデルに、大野が甦ったかのように身体表現を描いた<Mimeisis>という作品がある。Mimeisis (ミメーシス)とは「模倣」を意味し、他者の言葉や動作を模倣して、その人間のもつ本来の性質などを表そうとするもので、それがタイトルの「ふたたびであう」につながるのだろう。
諏訪敦は、死者を描くことについて、次のように語っている。
「画家としての職能を掘り下げる中で、死者を描くことを依頼されることも多くなりました。意識から立ち去らない人達とも、絵画制作の試行錯誤のやりとりができることを僕は信じています。そしてもう会えない人達について新たな側面を見出し、望めば関係し続けられることにも気づいたのです。」『美術家たちの学生時代』功刀知子 芸術新聞社 2022年
<Mimeisis> |
<Chromatophre> |
<Chromatophre> |
<目の中の火事>白い光点が描き込まれている |
<Chromatophre>と<目の中の火事> |
3.府中市美術館
府中市美術館の建物は、府中市都市建設部建築課と日本設計によって建てられ、2000年に開館した。府中の森公園のなかにあり、緑に囲まれたスマートな建物である。
府中市美術館では、これまでもユニークな企画展が行われており、たとえば「かわいい江戸絵画」、「へそまがり日本絵画」、「おかえり美しき明治」などなど、タイトルもユニークで他の美術館では見られない作品も多く展示された。
府中市美術館 |
府中市美術館前の滝 |
府中市美術館前の滝 |
府中市美術館・フロント |
府中市美術館・階段 |
府中市美術館・通路 |
4.府中の森公園
府中市美術館のある府中の森公園は、旧米軍府中基地の跡地利用として、1991年に開園した。武蔵野の「森」「丘」「川」が表現されており、スポーツ施設も造られている。桜並木が公園のシンボルともなっていて、多くのファミリーが憩う場所ともなっている。
府中の森公園・噴水 |
紅葉の名残 |
紅葉の名残 |
水玉 |
紅葉の名残 |
紅葉 |
水たまり |
枯れ枝・サクラ |
諏訪敦「眼窟裏の火事」は、2月26日まで開催されています。作品を直接撮ることはできませんので、美術展の看板に使われている作品を撮ってみました。
美術館周辺の公園には、紅葉の名残が見られました。雨上がりの日本庭園ではモミジの枝に水玉がたくさんついていて、美術館の余韻からか、ちょっと芸術的気分で撮ってみました。
0 件のコメント:
コメントを投稿