|
「ソール・ライターの原点」展 |
渋谷のヒカリエ・ホールで開催されている写真展「ソール・ライターの原点 ニューヨークの色」(8月23日までの開催)を観てきました。ソール・ライターの写真展は、これまで2017年、2020年と2回、渋谷のBunkamuraで開催されています。前回のソール・ライター展については、拙ブログ「美術館点描 渋谷から原宿」(2020/01/25)でもとり上げました。
なお、会場はすべて撮影可でした。
1.ソール・ライター(Saul
Leiter 1923-2013)
ソール・ライターは米国ピッツバーグに生まれ、父がユダヤ教教職者であったことから、神学を学ぶが、父の大反対を押し切り画家を志してニューヨークに行く。そこで、ユージン・スミスらと知り合い、写真を撮ることを始めた。1946年にはカラー写真を撮り始めている。その後、ファッション・カメラマンとして活躍し、「VOGUE」「ELLE」などの雑誌に作品が掲載される。しかし、1980年代には、商業写真の一線を退き、N.Yのスタジオを閉じ、アパートで自分のためにだけに作品を創造する隠遁生活に入った。そのため、ライターの写真は、世の中からほとんど忘れ去られた。ライターは次のような言葉を残している。
「私は有名になる欲求に一度も屈したことがない。自分の仕事の価値を認めて欲しくなかったわけではないが、父が私のすることすべてに反対したためか、成功を避けることへの欲望が私のなかのどこかに潜んでいた。」
この言葉には、どんなに自分が素晴らしいと思ったものでも父が認めぬものはこの世では無為に等しい、という父親への複雑な思いがあったという。
しかし、2006年、ライターが83歳の時、写真集『EarlyColor』が出版されると、写真界にとどまらず世界中で大きな反響を巻き起こし、ソール・ライターは「カラー写真のパイオニア」として、一気に光の当たる場所へ引き戻されることになった。
ライターの写真人生を締めくくるかのように、次のような言葉が掲げられていた。
「ギャラリーで見ず知らずの人に、こう言われたんだ。『朝、君の写真を見るととてもいい気分だったよ』
、私の写真も無駄ではなかったと。」
|
上記の英語文 |
2.作品と展示
ライターの作品を初期のモノクロ写真からファッション写真、そしてカラー写真と、その作品と展示の仕方についてみてみる。
(1)モノクロ写真~パネル展示
モノクロ写真は、ライターがN.Yで知り合ったユージン・スミスなどの写真家、芸術家たちの肖像写真がパネル展示されている。こうしたモノクロ写真は、ネガフィルムで撮られ、現像され、印画紙となって作品は、ほとんどパネルに貼られて展示されることが多い。
今も、写真展でみる写真は、このようにパネルに貼られて展示されるが、ときには、大きく引き伸ばされ写真を絵画と同じように額縁に入れて展示するケースもある。この場合、写真家の制作行為である作品は、展示された写真そのものにあり、現像、印画などは写真家自ら行わなくてもよい。それに対し、近年、細江英公などにより、オリジナル・プリントといわれる写真家自らが現像から印画までを行い、サインを入れたものが作品として、パネルなどに入れられて展示されることが多い。この場合、写真家の制作行為は、シャッターを押してからフィルムを現像し、印画して、サインを入れ作品を仕上げるまでとなる。
|
ユージン・スミス |
|
アンリ・カルティエ・ブレッソン |
|
アンディ・ウォーホールと母親 |
|
モノクロ写真のパネル展示 |
(2)ファッション写真~ファッション雑誌
ライターは、数多くのファッション写真により活躍した。これらの作品は、モデルを使いスタジオで演出がなされ、カラー写真で撮られる。そして当然のことながら雑誌に掲載され、作品となる。この場合、写真家は主に撮影という制作行為が中心となり、雑誌に掲載され作品となるには、編集者など多くの人の手を介することになる。展示会場には、ライターが撮影したファッション雑誌が多く並べられていた。
|
ファッション雑誌の展示 |
|
ファッション雑誌の写真 |
|
ファッション雑誌の写真 |
(3)カラー写真~プロジェクション
ライターは、カラー写真を1946年頃から撮り始めたとされるが、コダック社が世界で初めてカラーフィルムとして開発されたコダクロームは1936年に発売されている。このカラーフィルムは、モノクロのフィルムはネガフィルムといわれるのに対し、ポジフィルム、あるいはリバーサルフィルムといわれ、フィルム自体が完成品となる。マウントが付けられスライドとして、プロジェクターにより作品として見られることになる。
この展示会場には、マウントされたスライドが並べられ、またライターの部屋を模したコーナーでは、映写機によりこれらのスライドを壁に映し出していた。もう一つ、今回の展示の目玉ともいえるコーナーでは、大規模プロジェクションにより、つぎつぎと作品が大画面で投影され、座りながらゆっくりと鑑賞することができるようになっていた。これは、ヒカリエ・ホールという広い会場であるからできた展示で、おそらく以前のBunkamuraの会場ではできなかった展示の仕方であろう。また、撮られたカラーフィルムをデジタル化する技術があって、こうした大画面で見ることもできるようになっているのだろう。
このように、写真家としての創作価値は、カメラのシャッターを押してから(その前に、撮影対象を演出する場合もあるが)現像~印画、編集・印刷、あるいはプロジェクションまで作品のすべてにかかわることになる。とりわけ、最後の工程である編集にも写真家自らが行うことに重点が置かれるようだ。モノクロ写真からカラー写真、さらにデジタル写真になり、写真家の創作価値として、写真集、写真展、そしてギャラリーだけでなく美術館などでの大機雛プロジェクションなどそのプロセス、作品も大きく変化しているようだ。
|
映写機によるスライド投影 |
|
投影されたスライド |
|
マウントされたスライド展示 |
|
マウントされたスライド展示 |
|
スライド(ポジフィルム) |
|
大規模プロジェクション |
|
大規模プロジェクション・乗客の視線にも |
|
上から俯瞰した傘 |
|
雨の日のガラス越しのスナップ |
|
スリットからのタクシー |
|
横の構図 |
|
縦の構図 |
(4)ソール・ライターの写真の特徴
ライターの作品は、モノクロの肖像写真はともかくとして、カラー写真のファッション写真、スナップ写真に共通しているのは、色、光、構図が優れていることにあると思う。色は、とりわけ赤、赤い傘、信号の赤、郵便ポストの赤などなど、赤色がポイントになっている。光は、とりわけ雪や雨の日の弱い光、またボケ味の淡い光などがポイントになっている。構図は、手前に大きなものを写し込み、スリットから遠くの被写体を捉える構図や高い位置から俯瞰した構図、とりわけカメラの縦位置での構図が多いことがポイントになっている。
そして、構図の中に、人の視線など、その瞬間を捉えてポイントを作っているなど、まさに「うまい!」と膝を打つような写真だ。アマチュアでも、真似をしたくなるような写真が多い。実際、この展覧会でも写真コンテストを行っており、ライター風ともいえるような多くの投稿がある。
コンテストのサイト:https://www.smartcross.jp/saulleiter/
|
雪の道路に赤い傘 |
|
くもったガラス越しのスナップ |
|
雨の日の赤いポスト |
|
夕日と赤い服の女性 |
3.ヒカリエから
渋谷駅周辺はつぎつぎに新しい建物が出来、建設中も含め、その風景が急激に変わっている。東急本店に隣接していたBunkamuraもあわせて建設中となっており、この展覧会もヒカリエ・ホールで開催されている。ライターの写真を観た余韻を引きずりながら、ヒカリエのビルから、その景色の一部を撮ってみた。
|
渋谷駅からヒカリエの通路 |
|
渋谷駅前のバス・ロータリー |
|
渋谷駅前の開発 |
|
ハチ公前の横断歩道 |
|
ヒカリエの下の歩道 |
|
ヒカリエ・ホール前 |
|
エスカレーター |
|
エレベーター |
|
ヒカリエの通路 |
これまでも、いくつかの写真展を観てきましたが、今回のソール・ライターの写真展は、写真そのものの素晴らしさと同時に、大型プロジェクションを使ったその展示方法にも驚きました。これも、写真が、モノクロからカラーへ、そしてデジタルへと技術の進歩と同時に、写真家の創作の在り方もプリントされた写真、編集された写真集、ギャラリーでの写真展、さらに美術館等における展示、大型のプロジェクションなどによる見せ方など、大きく変化してきているようです。
今やアマチュア・カメラマンもプロと同じようにデジタルカメラを駆使して楽しむことができるようになっています。それは、単に写真を撮るだけでなく、その編集、見せ方などのプロセスにも価値を見出すことが大切かもしれません。
0 件のコメント:
コメントを投稿