2024年10月30日水曜日

東京異空間237:美術展を巡るⅡ-3~日本現代美術私観@東京都現代美術館

 15.小谷元彦(1972-

小谷は、東京芸術大学で彫刻を学んだ。小谷は、ファントム、コーマ(昏睡)、幽体といった目には見えない幻を目に見える形にしようと作品を発表し続けている。高橋コレクションの中でも、購入した数の多さ、作品の大きさからしても、中心となる作家であるという。

《Human Lesson(Dress01)》1996 

吠えかかる双頭の狼の毛皮が立っている。足元を見ると、黒いストッキングとハイヒールがのぞく。






《ファントム・リム》1997

黒髪の少女が、白衣を着て、ラズベリーの実をつぶし、真っ赤に染めた手のひらをみせる。体は浮遊しているようだ。

「ファントム・リム」とは、事故などで足などを切断したあと、ないはずの足が痛む幻覚のことをいう。少女の手はキリストの聖痕のようにもみえる。「ファントム」とは「幻」のこと、そこに小谷の出発点があった。




《サーフ・エンジェル(仮設のモニュメント2)》2022

大きな体育館のような薄暗い部屋に、すくっと立つ像、頭の部分は光を出し輝いている。見た瞬間、驚いた、そして引き込まれ、いろいろな角度から何度もシャッターを切った。

サモトラケのニケの像と同じような服を着て、背中には翼、足元にはサーフ・ボード、バランスを取るためか、両手を大きく十字に広げている。これも浮遊しているかのような姿で、エンジェルが舞い降りてくるようだ。

この作品は、2011年の東日本大震災の後に制作された。小谷は「災害時にヘルプにやってきた匿名の人たちの救済の姿をこの像に習合させてあります」と語っている。実際、2022年に石巻で行われたアート・フェスティバルで、旧水産加工場に展示された。
















(参考):サモトラケのニケ

エーゲ海のサモトラケ島で発見されたニケ。翼の生えた勝利の女神が、空から船の舳先へと降り立った様子を表現した彫像である。パリ、ルーブル博物館蔵。(ウィキペディアより)




16.青木美歌(1981-2022)

青木は、美大で、ガラス工芸を専攻する。ガラスという素材について、「何より透明なところが好きです。そこに”ある”のに”ない”ように感じることを不思議に思います」と語る。モチーフは、生命の根源である粘菌、バクテリアやウイルス、カビなど。そこには、見えないけれど強い生命力がある。「その目に見えない生命の力を、透明で割れやすく、見えづらいけれど、光があたると何よりも存在感を放つ、表裏一体の存在感を持っているガラスで表現している」という。2022年、41歳の若さで亡くなる。

《Her songs are floating》2007

この作品は、中古車の屋根の上から粘菌のような生命体がガラスによって表現されている。広い展示室には、青木の作品と、先に述べた鴻池朋子の《皮緞帳》、小谷元彦の《サーフ・エンジェル(仮設のモニュメント2)》の3点が置かれている。スケールの大きな二点に対し、青木のガラス作品は小さい。しかし、それは超絶技巧でつくられた透明な美しいガラス・生命体である。作家は惜しまれて亡くなったが、作品はこれからも増殖していくように見える。

後ろは鴻池朋子の《皮緞帳》




後ろは小谷元彦の《サーフ・エンジェル(仮設のモニュメント2)》




17.塩田千春(1972-)

1972年、大阪・岸和田の生まれ。ドイツ・ベルリン在住。塩田は、「記憶」といった不在の中の存在感を糸で紡ぐ大規模なインスタレーションを中心に、立体、写真、映像など多様な手法を用いた作品を制作している。 特徴的なのは、空間に「絵を描くように」、細い毛糸を立体空間に張り巡らせた作品である。

現在、大阪中之島美術館で開かれている展覧会は「塩田千春 つながる(アイ)」と題されている(会期2024.09.14–12.01) 。先日、NHK日曜美術館でも取り上げられていた。

《ZUSTAND DES SEINS(存在の状態)-ウェディングドレス》2008

この作品も、ウェディングドレスの周囲を黒い糸を巡らせている。塩田にとって、ドレスは第二の皮膚だという。白いドレスが黒い糸にまとわりついて浮いているように見える。しかい、そこにはドレスを身にまとう身体はない。ドレスに宿る記憶、そのドレスを着ていた人の記憶がこの無数に張り巡らされた糸に甦るかのようだ。





18.小出ナオキ(1968-)

主にFRP(合成樹脂)、セラミック、木などを用い、雲のお化けやドクロなど、異界のものたちや、自身とその家族を作品化している。 活動初期には母親の他界や、自身と恋人、結婚式、新居、子供の誕生など、小出の個人史ともいえる生活の転機をテーマとしていた。

《studio “Kunsthaus”》2006

Kunst(クンスト)」とはドイツ語で「芸術」のこと。「芸術」の家の屋根の上に異形な人物(?)が、それぞれ愛らしくも、どこか不気味で不思議な形。この家の住人なのだろうか。




<続く>

2024年10月29日火曜日

東京異空間237:美術展を巡るⅡ-2~日本現代美術私観@東京都現代美術館

7.天明屋尚(1966-)

天明屋は、日本の伝統的な絵画を現代に転生させるという「ネオ日本画」を掲げる。自ら、「画狂」葛飾北斎、「画鬼」河鍋暁斎に続くべく「画強」と名乗る、平成の絵師である。

《ネオ千手観音》2002

《ネオ千手観音》は、《那羅延堅固王》、《蜜迹金剛力士》を脇侍にしている。千手観音の手をよく見てほしい、自動小銃、ピストル、ナイフといった近代的武器を持っている。天明屋は、「信仰」と「暴力」は対極的かつ紙一重であるという。今も起きている戦争、紛争への諷刺、警句であろう。しかも、描かれたのは2002年、アメリカ同時多発テロの翌年である。

これらは日本画に使われる岩絵の具ではなく、アクリル絵の具などで描かれた「ネオ」日本画である。

《那羅延堅固王》・《ネオ千手観音》・《蜜迹金剛力士》

《ネオ千手観音》

《那羅延堅固王》

《那羅延堅固王》

《蜜迹金剛力士》

《蜜迹金剛力士》


8.池田学(1973-)

池田は、1mmに満たないペンとカラーインクを用いて細密描写によりスケール大きな絵を描く。下絵を描かず、細部から細部へと連鎖させて、ダイナミックな構図と物語性を織り込んだ濃密な画面は、観る者を驚嘆させる。1点の制作に長いものだと2年を費やし、途方もない時間と、膨大なエネルギーが注ぎ込まれている。繊細でありながら、その迫力、深遠な力強さを観る側に与え釘付けにする。

《興亡史》2006

天守閣を舞台に武士の栄枯盛衰を描く、この絵は、細部まで描かれた線は徹底したリアリズムを生み出し、いっぽうで細部の積み重ねにより、城は少しづつ増殖し肥大化した有機体のように不均衡となり、城を侵食するように絡みつく大木(桜の木?)は生命感をほとばしらせる。このスケールの大きな城のあちこちに、よくみると小さな虫のように人間、武士が描かれたり、屋根の上を白い鶴、さらには戦闘機までが飛び、電車も空中の線路を走っている。ひょっとして、この城は、「バベルの塔」なのか?


















9.やなぎみわ(1967-)

やなぎみわは、写真、映像、インスタレーションなどにより、女性をテーマとして作品を制作している。とくに、作り込まれたセットで撮影された写真作品で知られる。

《案内嬢の部屋3F》1998

百貨店の案内嬢、エレベーター・ガールがエレベーターの中央におかれた鏡に足を投げ出して、自らを見つめている。皆、同じ制服で、マネキンのような、それぞれの女性がナルキッソスが水面を見つめているかのように自己陶酔している姿を写し撮っている。




10.加藤泉(1969-)

加藤が描く「かたち」は、胎児のようにも、原始的な生き物ようにも見える、頼りなさげで、不気味にも見える異様な姿、それでいてどこか愛嬌も感じる。その「かたち」には加藤が幼いころから親しんできたマンガや映画の怪獣など様々なイメージが重ね合わされているという。

高橋は、これを人類が最初に直立した瞬間の覚束なさに重なっているという。類人猿の胎児のまま、裸のサルとして生まれた「ネオテニー」だとする。ネオテニーとは「幼形成熟」と訳され幼形のまま性的に成熟してしまう現象をいう。高橋コレクションの第一回の展覧会のタイトルは「neoteny japan(ネオテニー・ジャパン)」と名付けられている。

《無題》20042006 

この木彫の像は、大きな赤ん坊が初めて立ち上がったかように、いかにも頼りなさげで、壁にもたせかけないと倒れてしまいそうだ。実際、この彫刻は壁がないと本当に倒れてしまうのだという。それにしても、こちらを向く顔は、どこか愛嬌があるようにも感じないだろうか。下に置かれたもう一体は、お尻から花の蕾が膨らんできている。こちらは後から制作されたものだが、一緒に置かれることで、さらに不思議な、そして異様な空間も作り出している。これは原始の異空間なのだろうか。

《無題》2004

《無題》2004

《無題》2004

《無題》2004

《無題》20042006

《無題》2006

《無題》2006

《マエ》1999

《無題》2007、2009 

こちらは、絵画である。描かれた異様な「かたち」を幼児のまま成熟した新人類に見立てているという。

《マエ》1999

《無題》2009

《無題》2007


11.町田久美(1970-)

町田の描く線は、和紙に描いた太く黒々とした墨の線である。いっきに引かれたようにも見える線は、実のところ、コシの強い面相筆で、細い線を引き重ねている。そのため、一日に10数センチしか描けないのだという。

町田は、日本画の技法と画材を用いて新しい表現を切り開いてきた。

《訪問者》2004

虚ろな目で、黒々とブラックホールのような頭部から生えたいくつもの手がどこか外部とリンクしている。現代のコミュニケーションに潜む不安を表わしているようだ。

《訪問者》2004

《訪問者》2004


《郵便配達夫》2006

伊藤若冲が描くような鶏にまたがり、鞭をふるう郵便配達夫、どこか幼稚園児のようだが、「福助」だともいう。

《郵便配達夫》2006


12.鴻池朋子(1960-)

鴻池朋子は、絵画、アニメ、絵本、彫刻と様々な作品を制作しているが、作品にはオオカミ、ナイフ、ハチ、赤いスニーカーなどのモチーフがくり返し現われ、独特な鴻池ワールドが展開する。

かつて自分も、鴻池朋子展 インタートラベラー 神話と遊ぶ人』@東京オペラシティアートギャラリー2009/07/182009/09/27を観た覚えがある。狼の絵や、狼の毛皮を使った作品などの印象が強く残っている。しかし、その展覧会以後、鴻池は沈黙を通し、ほぼ6年間、大きな発表もなしに過ぎたという。

そして2015年に「根源的暴力」と題して開いた個展において、壮大なスケールの作品《皮緞帳》を発表した。なめした牛皮にクレヨンや水彩で描かれた溢れる色の集積は、幅25メートルにも及ぶ。鴻池の絵画の旅を高橋は次のように語る。「二十五メートル幅の皮はいまや、自分の皮や地球の表面を剝がしていく旅になっている。」

《第4章帰還ーシリウスの曳航》2004






《皮緞帳》2015-6












13.松井えり菜(1984-)

松井は「モチーフのなかで、顔がいちばんおもしろい」という。おかしな表情、変顔の自分を描き、「作品を観て、笑ってくれたらうれしい。絵の前でコミュニケーションが拡がる瞬間を目の当たりにするたびに、やっぱり絵はおもしろいんだと科の精を感じる」と語る。

《食物連鎖 Star Wars!》2008

大きな口のなかに、ビッグバンから始まる宇宙や、ウーパールーパーからティラノザウルス、マンモスまでが一挙に飲み込まれようとしている。人類が食物連鎖の頂点に立っているというテーマだが、高橋はこの絵に対し「彼女のダイナミズムが爆発している。何しろ彼女は宇宙の歴史まで飲み込んでいくのだ」と評している。



14.前本章子(1957-)

前本は、恋愛、結婚、出産、子育てといったなかで女性が経験する苦悩を織り込んだ作品を制作している。その作品は、手芸やファッションなどと隣接するものとして現代美術の領域を拡げようとしている

《BLOODY BRAIDEⅡ》1984

花嫁の行く末を暗示するような血染めの赤いウェディングドレスと、未来を祝福する招き猫、しかし猫の持つ鏡は割れていて、不安を滲ませる。



招き猫の持つ鏡は割れている

<続く>

東京異空間249:明治神宮御苑を歩く

  明治神宮 明治神宮へは参拝に訪れることはありますが、明治神宮御苑には入ったことがありませんでした。 10 月下旬に訪れました。 (参照): 東京異空間 81 :明治神宮 ( 内苑)と神宮外苑Ⅰ ( 2023.3.19 ) 東京異空間 171: 明治神宮外苑はいかにして造ら...

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