2024年10月21日月曜日

東京異空間235:美術展を巡るⅠ-1~「英一蝶」@サントリー美術館

 

入口・ポスター

《布晒舞図》(後期展示)

《布晒舞図》部分(後期展示)

江戸時代に活躍した、英一蝶(16521724)の没後300年を記念し、その画業と魅力あふれる人物像に迫る過去最大規模の大回顧展がサントリー美術館で開催されています(9/18-11/10) この展覧会は、NHK日曜美術館はじめ、色々な美術ブログでも取り上げられ、評判の高いもので、前期の展示(10/14)が終わる前に行ってきました。

展覧会は英一蝶の時代順に三章の構成になっています。それぞれの章で印象に残った作品を取り上げて観てみたいと思います。

なお、写真撮影が可となっていたのは、一点《舞楽図》のみでした。

1章 多賀朝湖時代

英一蝶は承応元年(1652)、京都で生まれた。父の多賀白庵は伊勢亀山藩主の侍医をしており、一蝶が15歳(あるいは8歳)のときに、藩主に伴い一家で江戸に下た。

一蝶は、江戸で狩野安信に入門し、江戸狩野派の高い絵画技術と、古典に関する幅広い教養を身に付け次第に狩野派の枠を飛び出し、独自の絵画世界を確立していく。また、俳諧の分野でも、そのマルチな才能を発揮した。

この章では、「多賀朝湖」と名乗っていた時期の一蝶風俗画家としての作品《投扇図》を取り上げる。

《投扇図》は、御神木の脇にある大きな鳥居に向かって扇を投げる男たちを描写した作品。神様に向かって扇を投げつけるとは不敬な行為のように思えるが、当時は願掛け・運試しとして流行していたという。ご利益を願う庶民の生き生きとした姿を、投げた扇子がちょうど鳥居の間を通る様子をスナップショットったように描いている

《投扇図》


2章 島一蝶時代

40代ですでに絵師として不動の人気を得ていた一蝶は、47歳の時突然悲劇に見舞われる。5代将軍・綱吉による「生類憐みの令」を皮肉った流言に関わった疑いで捕らえられ、元禄11年(1698)、三宅島へ流罪となる。ただし、この事件の真犯人はすぐに捕まったため、その理由は別にあったと考えられている。諸説あるようだが、一番有力な説は、江戸吉原に出入りし幇間として大名などと交流していた一蝶が、綱吉の生母・桂昌院の縁者を遊所に誘い、遊女を身請けさせたという理由などで、幕府から目を付けられていたというもの。

もうひとつは、一蝶は日蓮宗の不受布施派を信仰していたのではないかというもの。というのも、江戸時代の遠島に処せられる罪には様々なものがあったが、賭博や宗教的な問題が大きな理由となることが多かった。特に日蓮宗の一派で「不受不施」と呼ばれる、物を施さず受け取らないという教えを広めた者たちも、思想犯として遠島にされた。一蝶の描いた風俗画に、様々な階級の人々の中に旅姿の僧が描かれているのがそれを伺わせるという。一蝶が不受布施派を信仰していたという確証はない。というのも、禁教下で信仰を明かせば即弾圧を受けるから極力伏せることになるからである。したがって、「この説は禁教下であるゆえに状況証拠で想像するしかできないが、十分あり得ることである」という。(安村敏信『江戸の絵師「暮らしと稼ぎ』)

島流しは原則無期であり、一蝶も二度と江戸の地を踏めないことを覚悟したと思われる。しかし幸運なことに、宝永6年(1709)、綱吉死去に伴う将軍代替わりの恩赦によって、一蝶は江戸への帰還を果たすことができた。

三宅島での生活は47歳から58歳までの足かけ12年におよび、「島一蝶」と呼ばれる、一蝶の画業を象徴する作品が多数生まれた。配流中の作品は、江戸の知人たちからの発注によるものと、三宅島や近隣の島民のために制作したものの二つに大別される。前者は遊興に取材した風俗画が多く、江戸から送られてきた貴重な紙や絵具を丁寧に使用した、華やかな画風で知られる。一方、後者は神仏画や吉祥画など、信仰関連の作品が大半を占め、堅実で穏やかな作風が特徴となっている。

ここでは後者の作品、《神馬図額》を取り上げる。これは三宅島の南方に位置する御蔵島の稲根神社に伝わる絵馬で、画面いっぱいに跳ね上がる神馬のダイナミックな躍動感、たてがみや尾の毛一本一本まで丁寧に描いた繊細さ一蝶の熱量と技術の高さを見ることが出来る。三宅島や近隣の島民のために描いた作品で、今回、島外で初めて公開された。

《神馬図額》


3章 英一蝶時代

配流先の三宅島から江戸へ奇跡的に戻った一蝶は、画名を「英一蝶」に改め、精力的に制作に励。名の由来は、中国戦国時代の思想家・荘子の「胡蝶の夢」にちなんだものという。「自分は蝶になった夢を見たのか。それとも、夢で見た蝶こそが本来の自分であって、今の自分こそが蝶の見ている夢なのか」。島での生活と恩赦を得て戻った江戸どちらが夢で現実なのかこの説話になぞらえたとされる。

なお、島流しから江戸に戻った後に名乗る「英(はなぶさ)」の氏は、母の姓が「花房」であったことに由来すると考えられている。

江戸に戻った一蝶は、これまでの風俗画から離れる決意を固め謹直な仏画、狩野派の画法による花鳥画や風景画、古典的画題に実直に取り組んだ物語絵や故事人物画などが増えていく。しかし一方で、風俗画の依頼は絶えなかったようで、都市や農村に生きる人々の営みに、一蝶ならではの諧謔味を加えた《雨宿り図屛風》のような大作も複数残されている。また、戯画も引き続き描いており、江戸再帰後も生来の洒落っ気は健在であった。

こうした風俗画は、久隅守景の《納涼図屏風》などを思い出させる。久隅は、江戸前期の狩野派の画家で、こちらは、国宝に指定されている。東京国立博物館の所蔵。

久隅守景《納涼図屏風》

一蝶は享保9年(1724)、73歳でこの世を去。辞世の句「まぎらはす 浮き世の業(わざ)の色どりも 有りとや月の薄墨の空」は、生涯を風俗画に捧げた一蝶の強い自負を詠んでいるとされる。

《英一蝶像》二代高嵩谷・作

ここでは、 謹直な仏画として《釈迦十六善神図》、一蝶ならではの諧謔味を加えた風俗画として《雨宿り図屛風》、そして写真撮影可である一点として《舞楽図・唐獅子図屛風》を取り上げる。

《釈迦十六善神図》は、この展覧会の準備を進めるなかで新たに見つかった作品で、今回初めて展示される。

十六善神とは、四天王、神将、鬼神から構成され玄奘三蔵が訳した600巻大般若経を転読する誦持者を守護するという。釈迦如来を本尊とし、白像に乗った普賢菩薩、獅子にまたがる文殊菩薩を従え、そのまわりに守護神として配置されている。

それぞれが細密に描かれ、その迫力と絵画技術の高さに圧倒される作品で、衣服や背景の一点一点の模様まで鮮やかである。

《釈迦十六善神図》

《雨宿り図屏風》という、同じ題名、ほぼ同じ構図の2点が展示されている。東博所蔵の《雨宿り図屏風》とメトロポリタン(MET)美術館所蔵の《雨宿り図屏風》。 よく比較してみると、少し違う部分があるが、屋根の梁にぶら下がる子どもや、困り顔で空を見上げる行商人など、突然の雨に降られた老若男女が軒下に集まり、雨が止むのを待つ人々の姿を生き生きと描き、全てに対して等しく温かい視線を注ぐ一蝶の人間性がよく表れているとされる。

いずれも「英一蝶時代」の作品だが、MET所蔵が東博所蔵より先に制作されたと考えられているという。MET所蔵は通期展示だが、東博所蔵は前期(〜10/14)限りだった。2点を比較してみるには次のサイトが便利。

画像は、メトロポリタン美術館サイト

ColBase(国立文化財機構所蔵品統合検索システム)

《雨宿り図屏風》MET所蔵

《雨宿り図屏風》東博所蔵

《雨宿り図屏風》部分 東博所蔵

写真撮影が可能な一点は、大作《舞楽図・唐獅子図屛風》だ。今回は特別に、表裏に異なる図の描かれた屛風の両面が眺められるよう展示されている。裏面の《唐獅子図》はおそらく日本初の展示という。 (別部屋にまわると裏面を見ることができるが、スライドでも画面が壁に投射されていた)

《舞楽図》には、何人もの踊り手が描かれているが、その動きは軽やかに、そして衣装や舞台などは細密にかつ見事な色彩で描かれている。まるで、それぞれの動き、その瞬間、まさにカメラのシャッターチャンスをとらえたかのように描いている。

いっぽう、裏面の《唐獅子図》は、金地に墨と胡粉で一気呵成に描いた様子で、4頭ずつの唐獅子の動きが、こちらも軽やかに描かれている。

《唐獅子図屏風》といえば、安土桃山時代の絵師である狩野永徳が描いた雌雄の唐獅子がよく知られており、英一蝶が狩野派の画風を引き継いでいることが分かる作品だ。永徳の《唐獅子》は、国宝に指定され、宮内庁三の丸尚蔵館に所蔵されている。

(参照)狩野永徳の《唐獅子図屏風》については、

東京異空間213:「皇室のみやび」第4期@皇居三の丸尚蔵館2024/07/26


《舞楽図・唐獅子図屛風》展示風景

《舞楽図》






















《唐獅子図》裏面のスライド



芸術の秋、さすがに、観たい美術展がたくさんあり、どこにいくか、選ぶのに迷うほどです。今回は、まず見逃せないと思った「英一蝶」展を取り上げました。このあともいくつかの美術展、写真展に行きましたので、順次アップできればと思います。

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