| 高岡御車山会館 |
高岡の市街地に出て、御車山会館と山町筋伝統建造物を見て回りました。
1.高岡御車山会館
高岡御車山会館は、「御車山(みくるまやま) 」を通年展示する施設となっている。「高岡御車山」は国の重要有形民俗文化財・無形民俗文化財の両方に指定されている。これは日本全国で5件指定されている内の一つで、他の4件は、祇園祭の山鉾 、高山祭の屋台、秩父祭(秩父夜祭)の屋台行事と神楽、日立風流物である。
(1)御車山の由来
御車山は、1609年(慶長14年)に加賀前田家2代当主前田利長が高岡に城を築き町を開いた折、城下の町内の大町に与えたもので、祭礼の山車として奉曳したのが始まりと言われている。伝承では、豊臣秀吉が京都の聚楽第に後陽成天皇と正親町上皇の行幸を仰いだ際に使用した鳳輦の車を、初代利家に下賜し、それが利長に伝わり、高岡町民に与え、改装させたものとされている。
(2)御車山のつくり
御車山は御所車形式に鉾を立てた特殊なもので、金工、漆工、染織等の優れた工芸技術の装飾がほどこされた日本でも屈指の華やかな山車である。車輪や高欄、長押などの随所に、高岡が誇る「金工(金属工芸)」「漆工(漆芸)」「染織」などの優れた伝統技術が施されており、移動する美術館ともいわれる。
現在は旧市街の各町内が所有する計7基の御車山があり、毎年5月1日の「高岡御車山祭(関野神社春季例大祭)」で優雅な囃子とともに巡行する。
(3)山宿
宵祭の4月30日、御車山の人形、煙幕などを飾り付け、展示し、供え物をして一晩お守りする邸宅を「山宿(やまやど)」という。
山宿は持ち回りで、山宿に当たった家は、一生に何度もないこととして非常に名誉に思い、低調にお守りする。
「源太夫獅子(げんだいじし)」の獅子頭
7基の御車山(山車)の行列の先頭に立ち、神々が通る道を払い清める「露払い」の重要な大役を担っている。 曳山(山車)を持たない「坂下町」によって代々守り伝えられている。
(4)小馬出町(こんまだしまち)御車山
鉾留(ほこどめ):太鼓に鶏
神が降臨する目印となる最上部の飾りで、天下泰平の象徴である「諫鼓鳥(かんこどり)」を想起させる。
本座人形:猩々(しょうじょう)
能楽の謡曲「猩々」に根拠を置き、商売繁盛の象徴として赤い髪の酒好きな妖精・猩々の像が据えられている。
相座人形:猿のからくり人形
猩々の前方に配された猿の人形はからくり仕掛けになっており、巡行時に太鼓を叩く愛らしい動きを見せる。
工芸装飾:
高欄(手すり)の豪華絢爛な彫刻や上幕押の金具は、高岡彫金の祖・安川乾清(やすかわけんせい)の作。
カブト虫、かたつむり、カエル、ハチ、蜘蛛、トンボなどの草花や生き物が、象嵌・打ち出し・透かし彫りといった高度な技法でリアルに表現されている。
幔幕(まんまく):春秋舞楽図綴織(しゅんじゅうぶがくずつづれおり)
山車の周囲を囲う幕には、格調高い舞楽の様子が鮮やかに織り出されている。
(5)平成の御車山
高岡の伝統と技術を次の世代へ伝えるシンボルとして、平成30年、新たに御車山を造り、会館で公開している。
鉾留:鳳凰
本座人形:前田利長公[正装(衣冠)]と永姫[利長公の正室]
相座人形:満姫[利長公唯一の実子]
高欄
幔幕:高岡城公園の四季
車輪・轅(ながえ)
(6)鉾留「胡蝶」
木舟町の御山車の鉾留にあった「胡蝶」。桐材を寄せ己にして彫刻師、漆塗り、金箔押しし、仕上げに生漆のふき漆技法により全面2枚かっさねの金箔を固めている。羽の模様と眼には黒漆塗りが施されている。
砺波や伊右衛門丹楓(辻丹甫)の構想により作られたとされる。
(7)高岡御車山祭
祭は、山車(御車山)が主役となるよう、お囃子方は幕に隠れ、曳き手は静かに奉曳する。車輪の音とお囃子が響き渡る、情緒ある巡行となる。
また、山車に施された美しい伝統工芸や、山町筋という歴史ある街並みと一体となった伝統的行事でとなっている。
| 車輪の軸先に取り付けられる「独鈷(とっこ)」 |
| 上幕押金具(うわまくおさえかなぐ)」 |
| 高岡漆器 |
| 祭の映像 |
| 祭の映像 |
| 男衆が着用する 法被(はっぴ) |
御車山のような(?)ソフトクリームをいただきました。