2026年8月31日月曜日

高岡を歩く13~瑞龍寺(2)仏像など

 

仏殿・釈迦如来像

先に、瑞龍寺の伽藍を見て回りましたが、それぞれの建物にある仏像などを観ていきます。瑞龍寺に安置されている仏像の多くは、「唐仏」といわれ、黄檗宗の影響を受けたものがあります。

1.山門

金剛力士像:

山門に向かって右側には口を開けて怒りを露わにする「阿形(あぎょう)像」、左側には口を閉じて怒りを内に秘める「吽形(うんぎょう)像」が対になって睨みを利かせている。

なお、楼上に宝冠釈迦如来と十六羅漢像が安置されているが、通常非公開となっている。







2.仏殿

釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩:

釈迦如来を中心に、向かって右に「智慧」を司る文殊菩薩、左に「慈悲・行願」を司る普賢菩薩を配することで、仏教の教えの完成と実践を表している。

中央の本尊と、脇侍がそれぞれ中国様式の意匠で表現されている「唐仏」であることから、京都・萬福寺の仏像を手がけた中国人仏師・范道生(はんどうせい)*との深い関連性も指摘されている。

*范道生(1637-1670)

中国清代の仏師。日本に渡来し、萬福寺などで仏像彫刻する傍らで画もよくした。










脇侍:





天蓋:

天蓋の内側には、鮮やかな衣をまとって空を舞う2体の天女を描いた、美しい木彫の「飛天(ひてん)」が施されている。天蓋は、蓮の繊維と絹糸で織られたものという。




位牌:

須弥壇の中央には釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩の三尊が祀られ、その左右に 道元禅師(高祖)と達磨大師(初祖)の位牌が配されている。

道元禅師位牌「日域曹洞鼻祖永平開山元老和尚 大禅師」

道元禅師(12001253年)は、日本の曹洞宗の開祖(高祖) 。瑞龍寺は、曹洞宗の寺院であり、宗派の根幹である道元禅師を「高祖」として祀る。



達磨大師位牌「震旦初祖菩提達磨大和尚」

達磨大師(ボーディダルマ)は、インドから中国に渡り、禅の教えを伝えた中国禅宗の「初祖」。道元禅師が日本に伝えた曹洞禅も、元を辿ればすべて達磨大師から始まる系譜に繋がっている。そのため、禅の源流に対する敬意を表し、道元禅師と対をなす形で安置されている。 



達磨坐像:

達磨大師は禅をインドから中国に広めた中国禅宗の開祖とされる。崇山少林寺にて9年間壁に向かって坐禅を続けた「面壁九年」の伝説で知られ、また日本の「だるま人形」のモデルとしてもよく知られている。

この像も唐仏といわれ、青い目(碧瞳)をしていたり、マントのような衣を深く肩からかけたりした、非常にエキゾチックで異邦人(インド人)的な趣が色濃いのが特徴であり、やはり、范道生(はんどうせい)との深い関連性があるとされる。

なお、次に述べる広山恕陽禅師は達磨大師を深く崇敬していたという。




広山恕陽(こうざんじょよう)禅師像:

瑞龍寺の開山である江戸時代前期の僧、広山恕陽(?1623年)の像。加賀藩2代藩主・前田利長が隠居して高岡に移った際、恕陽禅師が招かれて瑞龍寺の前身となる「法円寺」を建立した。利長が亡くなった際にはその導師を務めており、寺の基盤を築いた人物である。





傳大士像:

傳大士(497569年)は、中国の南北朝時代(梁)の在家修行者で、名は傳翕(ふきゅう)という。経典を納める回転式の書架「輪蔵」を考案した人物として広く信仰されている。この輪蔵を1回転させれば一切経をすべて読誦したのと同じ功徳が得られると説いた。

瑞龍寺では「傳大士椅像(いぞう)」として安置されている。道教の冠をかぶり、儒教の衣服をまとい、仏教の袈裟をかけるという「三教(儒・仏・道)」を融合させた非常に独特な姿(異国風の服装)で表されている。

傳大士の両脇には、向かって左側に普建(ふけん) 、右側に普成(ふせい) の像。この二つの像は、傳大士の実の息子たちであり、傳大士が家族と共に生きた修行者であったことや、子が父親の偉業を支えたという背景から、両脇に息子の普建・普成を「二童子」として従えた三尊形式(傅大士・二童子像)で造られている。






大権修利菩薩像:

大権修利菩薩という中国の唐・宋時代に実在したとされる地方神。右手を額のあたりにかざしているが、これは、海の向こうからやってくる船や、遠くを眺めて見守っている様子で、海上安全を守っているという。

インドから中国へ釈迦の舎利を運ぶ船を守ったという伝説や、日本へ渡る道元禅師の航海を守護したという伝承から、航海の安全や、お寺を災害から守る守護神として信仰されている。





鶴と贔屓 (亀?):

一見すると、「鶴と亀」という縁起物のように見えるが、仏殿のものは亀ではなく、厳密には耳の付いた「贔屓(ひいき)である。 贔屓、中国の神話に登場する龍が生んだ9匹の子(竜生九子)の一尊で、重いものを背負うことを好む性質を持つという霊獣である。

この「贔屓」が万年生きるとされる「鶴」を背負い、さらにその上で縁起の良い蓮の葉(ローソクを立てる皿)を支える燭台になっている。この燭台は、「高岡銅器」のように見えるがそうではなく、本尊などの唐仏とともに、中国からの渡来品、あるいは中国人仏師による制作である可能性が極めて高いとされる。

ちなみに「贔屓」は、重い石碑を背負うのが得意だったことから、「力を出して力を尽くす」という意味から転じて、人を特別に支え引き立てる意味になり、「ご贔屓」や 「依怙贔屓」の語源とされる。


贔屓

燭台


木魚:

「二頭一身の竜」といわれ、2匹の竜が頭を接し、1つの「宝珠」をくわえ合っている精緻な彫刻が施されている。よくみると、下の部分は左右の体が下に向かって伸び、一番下の中心で、2つの「竜の頭」が向き合っていて、 2匹の竜がこの1つの宝珠をくわえ込もうとしている姿である。

上半分は、左右に大きな「魚の体」があり、びっしりと魚の鱗(うろこ)が彫られている。また、左右のフチにある渦巻き状の彫刻は、荒波から竜が飛び出してきた様子を表す「水しぶき」や「雲」 をあらわしている。これらは、「滝を登りきった魚が竜になるという「登竜門」を表しており、「厳しい修行を経て、凡夫(魚)から悟りを開いた者(竜)へと生まれ変わる」という禅寺にぴったりの意味が込められているという。

なお、中央に彫られている文字は、「玉鱗工(ぎょくりんこう)」と読める。「玉」は最高級の木魚の代名詞、そして「鱗」は木魚のデザインである魚の鱗や竜の鱗を美しく彫り上げる高度な技法という意味で、 玉鱗の彫刻を施した職人の銘とされる。



「玉鱗工」


3.法堂

仏壇・利長公の位牌:

通常、禅宗寺院の法堂中央には本尊である仏像が祀られるが、ここは藩主・利長の菩提を弔うため、本尊ではなく巨大な位牌が中心に据えられている。そのため、本尊・釈迦如来は仏堂に安置している。
中央に安置されている利長公の戒名である「瑞龍院殿聖山英賢大居士」 と書かれた位牌は、高さが約210センチ(7尺)もあり、一般的な位牌のサイズを遥かに超えている。これは単なる供養の枠を超え、前田家が利長公を「信仰の対象」として神格化に近く祀っていた表れとされる。

位牌が置かれている内陣の襖や壁には、一面に金箔押が施されており、薄暗い堂内の中に加賀百万石の財力と威光を伝えるきらびやかな空間が広がっている。

手前上部に見える一対の黒い欄間彫刻は、桃山時代の作風を残す見事な透かし彫りである。中央に飛翔する鳳凰が描かれ、その周囲は鳳凰の主食とされる「桐(きり)」の葉と花で埋め尽くされている。

高岡という地名は、中国の古典『詩経』の「鳳凰鳴矣于彼高岡(鳳凰が鳴いた、あの高き岡で)」という一節から利長公が命名した。まさにその高岡のシンボルである鳳凰が優雅に羽ばたく姿が立体的に刻まれている。

欄間には鳳凰の彫刻


烏瑟沙摩明王(うすさまみょうおう): 

烏瑟沙摩明王は密教や禅宗において、激しい炎ですべての不浄(汚れ)を焼き尽くし、清浄にする力を持つとされている。この「烈火で不浄を清める」という性質から、寺院では古くから「東司(とうす=トイレ)の守護神」として祀られるようになった。

像は像高約117cm(台座等を含めると約120cm)あり、右手を高く上げて右足1本で岩の上に立ち、左足を高く上げてそのつま先を左手で掴むという、躍動感あるポーズをしている。

本来は東司に祀られていたが、250年前に東司が火事で消失したために、今は法堂に祀られている。









(小)烏枢沙摩明王:

法堂には、もうひとつ、小さな厨子に収まった「烏蒭沙摩明王像」が安置されている。この像は、江戸時代、東司の火災の後に「人々が本尊の代わりに身近に祈願できるように」という目的で造られた。「お前立ち」の役割を持っている。

瑞龍寺では毎年6月などに「烏蒭沙摩明王大祭(お灸祭り)」というお祭りが行われるが、その際、参拝者はこの小さな厨子の前に進み、手や下半身の病気平癒、トイレの清浄、家内安全などを熱心に祈願するという。





厨子(宮殿):
鳳凰


加賀梅鉢紋


また、山門から続く回廊の角(かつて東司=七間浄頭があった場所の近く)に、高さ約140cmの烏蒭沙摩明王像のレプリカが安置されている。こちらのレプリカ像は、「高岡銅器」の技術で2011年に鋳造され、2021年には創建当時の姿を再現した極彩色調にカラー着色されたものである。




猪頭天:

明王の足元には、後ろ手に縛られてひざまずく猪の頭をした「猪頭天」が彫られている。これは釈迦の説法を邪魔しようとした悪者(不浄な振る舞いをした神)であり、明王によって戒められている姿を表しているという。



宝冠釈迦如来:

「守り本尊(念持仏)」として、禅宗最高位の格式を持つ宝冠釈迦如来が、金箔と織物で彩られた美しい厨子の中に安置されている。




阿弥陀如来立像:

前田利長公の魂を極楽へ導くために「阿弥陀如来」を祀る。




十三仏像:

初七日から三十三回忌までの追善供養を司る、不動明王(初七日)、釈迦如来(二七日)、文殊菩薩(三七日)、普賢菩薩(四七日)、地蔵菩薩(五七日)など計13体の仏様が一つの厨子の中に立体的に立体配置されている。



唐仏三尊:

中国風の様式を持つ仏像群(唐仏)で、馬鳴菩薩・金色姫・織女 といった養蚕の神仏とされる。 加賀藩の産業(養蚕・絹など)が絶えることなく、領民が服に困らずに栄え続けることを身近で見守る「実務的・プライベート的な守護神」 とされる。

手前にある朱色の布には、加賀前田家の「桐紋」が施されている。


太鼓: 

法堂(はっとう)に置かれている太鼓は「法鼓(ほっく)」と呼ばれ、儀式の開始、僧侶の入堂、または時間を告げるための重要な法具として古くから使われてきた。



いっぽう、大庫裏では、調理や配膳、寺務を行う建物であるため、生活や修行の区切りを山内に響かせて伝える役割を担っていた。



どちらの太鼓も、魔除けや火災除けの意味を持つ「三つ巴(みつどもえ)」が描かれ、周囲には白い牡丹の花と緑の唐草模様が色鮮やかに装飾されている。

鳴り物は、太鼓のほかにも「板(ばん)」「鐘」といった様々な専用のものが備え付けられている。

魚板(ぎょばん・魚鼓): 回廊の廊下に吊り下げられている、大きな木製の魚の形をしたもの。口にくわえた球(煩悩)を叩くことで、食事や行事の時間を山内に伝える。

雲版(うんばん): 大庫裏の前に吊るされている、雲の形をした銅製の板。こちらも主に食事の準備ができた合図に打ち鳴らされる。

梵鐘(ぼんしょう): 最も大きな法具であり、法要の開始を周囲に予告したり、朝晩の時刻を地域一帯に知らせる役割を持つ。「除夜の鐘」のように、その大音声の響き(余韻)を聴くことで、人々の煩悩を払い、仏の功徳を授けるという意味も含まれている。

燭台:

多くの参拝者が一度に火を灯し、ご先祖様や2代藩主・前田利長公への祈りを捧げるための仏具である。これほど大型で立体的な回転式燭台は、一般的なお寺ではあまり見られない珍しい形状をしている。






香炉:

器の中にきれいに敷き詰められたベージュ色の粉末は「香炉灰」で、その上に散らされている細かな木片は「刻み香」や「抹香」と呼ばれるお香である。

禅宗寺院の法堂などでは、参拝者が直接お線香を立てるのではなく、このように平らに整えられた灰の上に細かく刻んだ香木を直接落として、じっくりと薫じさせる「回し焼香」や供養のためのしつらえとして広く使われている。



大香炉:

非常に精巧で、上部には龍に跨る観音菩薩像(または吉祥天・弁才天系の神仏)、左右の耳には翼を広げた鳳凰があしらわれ、台座を支える「獅子」など、厄除けや家運繁栄を象徴する神聖な生き物が散りばめられている。




伏せ象(獏)香炉:

青銅(唐銅)製の象の形をした香炉。象の背中の部分(丸い穴が空いている箇所)が蓋のようになっており、そこからお香の煙が立ち上る仕組みになっている。

仏教において「象(特に白象)」は、普賢菩薩の乗り物として知られる神聖な動物である。 また、お釈迦様が誕生される際、母親の摩耶夫人が「6本の牙を持つ白象が胎内に入る夢」を見たという伝説があり、象は仏教の誕生や繁栄、そして守護を象徴する極めて吉祥な存在とされている。

この香炉の形は、「獏」のようにも見える。(あるいはその両方の特徴を掛け合わせているともいえる。)獏は「人の悪夢を食べる」聖獣として知られている。転じて、寺院内の不吉なエネルギーや災い、邪気を食べて人々に平穏をもたらすという、強力な結界・守護の役割を果たすとされる。

また、伝説の獏は「鉄や銅を食べる」とされ、戦乱の世では金属が武器(鉄砲の弾など)に使われてしまうため獏は餓え、平和な世の中になると武器が不要になり金属が余るため、獏はたらふく食べられて満ち足りると言われている。加賀藩が平和な世を願い、その象徴として銅製(唐銅)の獏香炉を置いたとされる。




軸画「不動明王」:

中央に主尊である不動明王、向かって左下に矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制吒迦童子(せいたかどうじ)の二童子を配した「不動三尊」 が描かれている。不動明王は、深い青黒色の肉身をしているが、これは「青不動」とも呼ばれ、不動明王の最高位や、煩悩を沈める静謐な力を表している。

持物として、 右手には人々の煩悩や悪を断ち切るための「智慧の利剣(りけん)」を天高く突き立て、左手には悪を縛り上げ救い上げるための縄「羂索(けんじゃく)」を握っている。

背景には、あらゆる障壁や不浄を焼き尽くす激しい「火炎光(迦楼羅焔:かるらえん)」が渦巻いていている。

下部には荒れ狂う波濤(波)と頑強な岩盤が描かれており、不動明王が盤石の決意で衆生を救うために立っている世界(障難の多い現世)を表している。

二童子は、不動明王に仕える眷属で、合掌して従順に明王を見上げているのが「矜羯羅童子」(慈悲の象徴)、棒(金剛杵)などを持ち、やや荒々しい表情をしているのが「制吒迦童子」(方便・力による救済の象徴)とされる。

また、表装の意匠をみると、上部と下部(一文字や中廻しと呼ばれる部分)には、仏教の聖なるシンボルである「法輪」の紋様が金泥や金糸で美しく施されており、格式高い仏画として設えられていることが分かる。




4.大庫裏

韋駄天:

大庫裏正面に祀られているのは韋駄天像。韋駄天像は中国渡来の黄檗系仏師、范道生の作といわれている。

韋駄天は仏法や伽藍を守る天部の守護神。火を扱い、多くの人が出入りする大庫裏に配置することで、不浄の侵入を防ぎ、火災(火伏せ)や病魔から伽藍を守る役割を果たす。また、釈迦のために方々を駆け巡って食材を集めたという俗信から、禅宗寺院では「食の神・厨房の守護神」として、食事の調理や寺務を行う「庫裏(台所)」に祀られる。

ちなみに、韋駄天は、お釈迦様や修行僧のために、各地をかけずり回って食物を集めたという、馳走(走り回る)から「ご馳走」の言葉が生まれた。また、足が速いことから「韋駄天走り」の語源ともなっている。





(参考)
萬福寺の韋駄天像


雲版:

禅宗寺院において、料理や食事は重要な修行の一部。大庫裏は調理や配膳、寺務を行う建物であり、この雲版を打ち鳴らすことで、寺全体に「食事ができたこと」や「集合」の合図を伝えた。
その名の通り、青銅の板がもくもくと湧き上がる「雲」の形に鋳造されている。上部の左右に「日(太陽)」と「月」を表す2つの円が配置され、その円の下に美しい雲の紋様が施されている。

仏教の世界において「雲は雨を降らせるもの」であるため、木造建築である伽藍を火災から守るための「鎮火・防火の祈り(お守り)」という意味が込められている。


(参考)


萬福寺の雲版


「魚梆(ぎょほう)」との対比
左側の禅堂前には、木製で魚の形をした「魚梆(魚板などとも)」が吊るされており、主に日課の合図に使われる。

一方で、右側の大庫裏前には青銅製で雲の形をしたこの「雲版」が吊るされており、「左に魚、右に雲」「木製と青銅製」という、禅宗伽藍における美しい対比と機能が分けられている。



竈:

成人男性の腰以上の高さがある非常に大きな「竈」が複数並んでおり、一度に大量の米を炊いたり汁物を調理したりできる。これらは、江戸末期から明治初期にかけて一度は撤去されたが、昭和・平成の大修理の際に詳細な寸法の古図面が発見され、当時の姿のまま忠実に再現・築造された。

お釜の大きな蓋には、加賀藩主・前田家の象徴である「加賀梅鉢紋」が刻まれている。また、大庫裏の「炊事土間」に配置されており、火を扱うため30センチ角の太い柱や、結露と火災を防ぐための「真っ白な漆喰の土天井(どてんじょう)」で覆われている。





蓋に加賀梅鉢紋



跋陀婆羅菩薩(ばっだばらぼさつ):

回廊にある浴室跡には、守護神である「跋陀婆羅(ばっだばら)菩薩像」が安置されている。東司( トイレ)の神様である「烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)」と対をなす存在である。

古代インドの修行者である「バドラーパーラ(跋陀婆羅)」が16人の仲間と共に浴室に入り、お湯に浸かった際、水(触覚)の性質を通じて「水は体を洗うが、心をも洗う。水と自己が一体(一如)となり、何のわだかまりもなくなった」と悟りを開いたという。そのことから、禅宗では古くからお風呂場の守り本尊とされてきた。

仏教において水や入浴は、心身の汚れを洗い流す大切な修行・清めの儀式である。その象徴として、跋陀婆羅菩薩像は、お湯をかき混ぜるための道具である櫂を手に持っている。






5.大茶堂

賓頭盧尊者(なでぼとけ):

賓頭盧尊者は、お釈迦様の弟子の中で特に優れた16人の最高位の修行者「十六羅漢」の筆頭にあたる人物。賓頭盧尊者は病気を治す神通力に長けているとされ、「自分の体の悪い部分や治したい箇所」と「お像の同じ部分」を交互に撫でることで、病気やケガが治ると信じられている。

この像は、本堂の内陣でなく外に置かれている。それは、賓頭盧尊者は優れた「神通力」を持っていたが、お釈迦様から「みだりに神通力を人前に見せびらかしてはならない」と叱責され、本堂(内陣)への入場を許されず、外で人々の救済にあたるようになったという伝説に由来するという。

多くの参拝者に撫でられ続けてきたため、お像はツルツルしたところがある。また、お像の高い部分など手の届かない箇所にも触れられるよう、先端に丸い玉がついた専用の棒がそばに用意されている。






6.鐘楼

延命地蔵:

その名の通り、病気平癒や寿命を延ばす信仰の対象である。 藩主一族や領民の健康長寿・延命息災を祈願するため、現世利益の象徴である「延命地蔵」が安置された。

鐘楼の一階に、延命地蔵菩薩が安置されていて、2階には梵鐘が吊るされており、大晦日の「除夜の鐘」の際には、この延命地蔵菩薩の真横から伸びる紐を引いて上の鐘を鳴らす仕組みになっている。そのため、厄を払い新年の健康を祈る参拝客にとって非常に縁の深い地蔵尊となっているようだ。






梵鐘

鐘楼の2階には通常上がることができないので、梵鐘も見ることはできない。除夜の鐘の時に一般開放されるが、それも梵鐘を直接見られるわけでなく、梵鐘から直接つながった長い紐が下ろされ、参拝客はその紐を引っ張ることで、上の見えない鐘を鳴らすということができるという。

この梵鐘のルーツは、隠元が長崎の鋳物師作らせた黄檗風梵鐘にあると伝えられて、明和5年(1768年)に高岡の鋳物師たちによって前作に倣い改鋳された歴史あるものだとされる。

* 梵鐘


鐘楼の梵鐘は通常みることはできないが、大庫裏にも梵鐘が吊るされている。

こちらの梵鐘は、修行僧に食事時などを知らせる「合図(呼び鐘)」という実用的な道具である 上部に突起(乳:ち)が少なく、下部に細いすじが走る非常にすっきりとした形状は、鐘楼の黄檗風梵鐘を簡易的に模したようにも見える。



7.禅堂

文殊菩薩(僧形文殊)

一般的な文殊菩薩は「獅子の背の上に乗る(騎獅像)」派手な姿や宝冠を被った姿が多いが、ここの像は頭を丸め、質素な法衣をまとって静かに座禅を組んでいる、極めて人間味のあるリアルで落ち着いた造形をしている。

禅宗の寺院において、僧侶が座禅や食事、睡眠を行う「禅堂(僧堂)」の中央には、「聖僧(しょうそう)」と呼ばれる修行の模範・守護神となる仏像を祀る規定がある。この聖僧には智慧を司る文殊菩薩が、髪を剃り落としたお坊さんの姿をした「僧形文殊菩薩」として祀られる。これは、修行僧たちと同じ姿をすることで「特別な存在ではなく、皆と同じ一人の修行僧として共にある」という意味が込められており、雲水たちはこの像を人生の師・座禅のお手本として日々修行に励む。
禅堂内部は、通常の禅宗の古い割り付けではあまり見られない、黄檗宗(中国の禅宗様式)の影響を強く受けた構造である。文殊菩薩像のすぐ後ろに柱(来迎柱)と壁(来迎壁)が設けられ、像がより引き立つ厳かな空間が作られている。




魚梆(ぎょほう):

瑞龍寺では、かつて約200人もの修行僧が寝食を共にしていた。この魚梆(魚板、魚鼓とも)は、主に食事の開始や日課の時刻を周囲に知らせるための合図として、木槌で叩いて打ち鳴らされていた。

魚梆の多くは、口に丸い球(宝珠)をくわえているが、これは人間の心にある「貧(むさぼり)・瞋(いかり)・癡(おろかさ)」という三毒(煩悩)を表している。魚梆のお腹のあたりを叩くことで、「お腹の中から煩悩を吐き出させる」という意味があるという。また、魚は「昼夜を問わず、眠るときも決して目を閉じない」と考えられていたことから「魚のように昼夜の別なく、寝る間も惜しんで日夜修行に励み、睡魔や怠け心(昏惰)を追い払いなさい」という修行僧(雲水)への強い戒めが込められている。

魚梆は、もともとは中国の禅寺の生活規範に定められていた法具である。日本では江戸時代初期に隠元禅師がもたらした黄檗禅(黄檗宗)をきっかけに、日本の曹洞宗や臨済宗の寺院にも広く取り入れられるようになった。


(参考)


萬福寺の魚梆


8.総門前

石仏

総門前に安置されている如意輪観音の石仏。堂内に安置されている厳格な重要文化財の仏像とは異なり、総門前の屋外で風雨に耐えながら佇む石仏である。

如意輪観音は、片膝を立てて座り、頬に手をそっと添えて人々の救済を思索する「半跏思惟(はんかしゆい)」の美しい姿をしており、 あらゆる願いを叶える「如意宝珠」と、煩悩を打ち砕く「輪宝」を手に持つとされる、功徳の多い観音様である。

瑞龍寺は、「高岡新西国三十三観音霊場」の札所の一つ(第七番)であり、 如意輪観音はその象徴として安置されている。




瑞龍寺から、新高岡駅に行き、北陸新幹線で帰りました。金沢から高岡への旅のブログも、「金沢を歩く1~16」と「高岡を歩く113」と続きました。。

ブログに整理することで、旅の思い出がより充実したものになりました。



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