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<女人像>甲斐荘楠音 |
この6月から7月にかけて行った美術館について、まとめておきます。
1.田沼武能~東京都写真美術館
東京都写真美術館では「田沼武能 人間賛歌」展が開かれていた。(会期は7月30日まで)
田沼武能(1929~2022)
は、東京写真工業専門学校を卒業後、木村伊兵衛に師事した。ライフワークとして世界の子どもたちを撮影し、生涯で130を超える国と地域に行き、そのヒューマニスティックなまなざしで人間のドラマを撮り続けた。2022年に亡くなる。
展示構成は、第一章:戦後の荒廃した日本でたくましく生きる子供たちを通じて昭和の日本の姿を伝える「戦後の子どもたち」、第二章:ライフワークだった世界の子供たちと人々の生きる姿をとらえた作品群を集めた「人間万歳」、第三章:武蔵野の自然と人々の営みを撮り続けた「むさし野」の3章立て。
このうち、モノクロで撮った第一章の子どもたちの写真が印象に残った。これらの作品は、どちらかというと師事した木村伊兵衛よりも土門拳の写真に近いように思えた。
また、武蔵野の風景を撮った写真は、上石神井公園など身近なところもあり、親しみ深く、また、さすがにうまく撮るもんだと納得して観てきた。
(6月13日に行った)
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「田沼武能 人間賛歌」・東京写真美術館 |
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<神輿をかつぐ少女たち> |
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田沼が使用したカメラ |
2.木島櫻谷~泉屋博古館
六本木の泉屋博古館では「木島櫻谷 山水夢中」展が開かれていた。(会期は7月23日まで)
木島櫻谷(このしまおうこく:1877-1938
)は、京都画壇を代表する画家として、近年特に注目されるようになった。とりわけ動物画で名を馳せたとされるが、この展覧会では主に山水画に注目して展示している。
展示構成は、第一章:「写生帖よ!ー海山川を描き尽くす」、第二章:「光と風の水墨ー写生から山水画へ」、第三章:「色彩の天地ー深化する写生」、第四章:「胸中の山水を求めて」、エピローグ:「写生にはじまり、写生におわる。」として、屏風などの大作から写生帖、さらに手元において愛でたという水石も展示されていた。
なかでも、ポスターにも使われている「駅路之春」と題する六曲一双の屏風にひきつけられた。少し俯瞰して描いた構図は、左隻には手前に大きな木の幹、柳の垂れ下がった緑の後ろに人物、そして右隻には馬が描かれ、画面全体に桜の花びらが散っている、それで先の大木が桜の木であることがわかる。櫻谷、お得意の動物画から、花鳥画、人物画、そしてこの色彩、すべてが揃った大作だ。人物や景色の一部を隠す描き方は、やまと絵の伝統を引き継いでいるようにも思えた。以前に櫻谷の作品で「寒月」を観たときのような驚きはなかったが、近代的な山水画に理想郷を描く櫻谷の作品に感動を覚えた。残念ながら、「寒月」は6月18日までの展示であり、今回は観られなかった。
(6月23日に行った)
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「木島櫻谷 山水夢中」・泉屋博古館東京 |
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泉屋博古館東京 |
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<駅路之春>左隻・桜と柳 |
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<駅路之春>右隻・馬の優しい目が印象的 |
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木島櫻谷 |
3.北斎 大いなる山岳~すみだ北斎美術館
すみだ北斎美術館では「北斎 大いなる山岳」展を観てきた。(会期は8月27日まで)
すみだ北斎美術館は、2016年に開館した北斎の作品を展示している美術館である。葛飾北斎は、改名は30回、引っ越しの回数は93回といわれているが、生涯をこの本所界隈(墨田区)で過ごしたというゆかりの地であることから、ここに美術館が建てられた。この場所は、江戸時代には弘前藩津軽家の上屋敷があり、藩主からの依頼により、北斎が屏風に馬の絵を描いて帰ったというエピソードも残っているという。建物の設計は世界的に有名な女性建築家・妹島和世で、ほかには金沢21世紀美術館、ランスのルーブル美術館、最近では西武鉄道の車両「Laview」の設計も手掛けている。
建物の外観はアルミパネルを使用しており、淡い鏡面は、周りの景色も映し、またシャープなスリットからは東京スカイツリーを観ることもできる。
展示は4階の常設展示では、北斎のよく知られた作品が展示され、タッチパネルで解説を見ることもできる。また、筆を持って描く北斎と娘・お栄の人形が置かれている北斎のアトリエが再現されている。なお、常設展示は、写真撮影ができる。
3階の企画展示「大いなる山岳」は、プロローグ:<登山口>日本人と山、<1合目>富士山から低山まで、<2合目>山とくらし、<3合目。山と伝説、という構成で、有名な富嶽三十六景から北斎漫画まで、山と日本人の信仰、生業、伝説、怪談など様々な絵が展示されている。これらのなかで、とくに「諸国瀧巡り」や「諸国名橋奇覧」などのシリーズの作品が印象に残った。なお、企画展はやはり写真不可。
(6月27日に行った)
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すみだ北斎美術館 |
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シャープなスリット |
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スリットからスカイツリー |
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「大いなる山岳」・すみだ北斎美術館 |
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北斎とお栄・北斎のアトリエ |
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常設展示 |
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「須佐之男命厄神退治之図」(推定復元) |
4.甲斐荘楠音~東京ステーションギャラリー
東京ステーションギャラリーでは「甲斐荘楠音の全貌」展が開かれている。(会期は8月27日まで)
甲斐荘楠音(かいのしょうただおと/1894-1978)は、大正期から昭和初期にかけて日本画家として活動し、妖艶な女性を描いて意欲的な作品を次々に発表した。しかし、1940年頃には、画業を中断し、映画業界に転身したため、長らくその仕事の全貌が顧みられることがなく、東京では初めての回顧展となる。これまで知られてきた妖艶な絵画作品はもとより、スクラップブック・写真・写生帖・映像・映画衣裳・ポスターなど、甲斐荘に関する作品や資料の多くが展示され、画家として、映画人として、趣味人としての甲斐荘の全貌を明らかにする展覧会となっている。
展示構成は、序章:描く人、第1章:こだわる人、では主に大正期に描かれた美人画を中心に、第2章:演じる人、では主にスケッチブックに描かれた役者や台本を、第3章:越境する人、では映画の衣装、ポスターなどが、終章:数奇な人、では大正期から描かれ未完成となった「畜生塚」を中心に展示されている。
妖艶な美人画の中でも「横櫛」、「女人像」、さらに「春」というメトロポリタン所蔵の作品に引かれた。終章の「虹の架け橋」、「畜生塚」も大作であり、ひきつけられた。画題となっている畜生塚とは、京都の瑞泉寺境内にある塚のことで、豊臣秀吉によって切腹に追い込まれた秀次の愛妾たちの処刑直前の様子を描いているという。ただ、未完成なためか、むしろミケランジェロなどルネサンス絵画に描かれた女性像に近い感じもする。
甲斐荘の作品のいくつかは、京都近代美術館で以前に観たことがあるが、今回、あらためてその妖艶な、時に廃退的な女性像にひきつけられた。会場には、甲斐荘自らが太夫や女形に扮した写真も展示されていて、それが描かれた作品に反映されていることがわかる。いずれの作品を観ても、甲斐荘という異才、奇才の作品に圧倒された。
(7月4日に行った)
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「甲斐荘楠音の全貌」・東京ステーションギャラリー |
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「甲斐荘楠音の全貌」 |
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<春> |
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<女人像> |
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<横櫛> |
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甲斐荘自ら女形に扮している |