2025年10月6日月曜日

東京異空間350:高島野十郎と仏教

 

《蓮華》 明治37-42年頃

高島野十郎展@千葉県立美術館で観た作品のなかで、仏教との関わりが深いものを選んでみました。今回の展覧会の構成で、第4章は「仏の心とともに」というタイトルになっています。前回に観た石神井公園の池の作品も、この章に入っていて、野十郎の描く、風景画や静物画には、仏教の影響が反映されていると言えます。

1.蓮・睡蓮

《蓮華》 明治37-42年頃

久留米の中学明善校の時に手掛けたとされる作品。手前に蓮華の花や葉を大きく描き、霞のかかった遠景には仏塔とおぼしきシルエットが描かれている。「泥中の蓮」という言葉があるように、仏教では蓮華は悟りの象徴とされてきた。



《すいれんの池》 昭和24

水面に咲くすいれんの白い花、静かな池の佇まいで、時が止まっているかのようで、あたかも白昼夢を見ているかのようでもある。新宿御苑に取材したとされる。





《睡蓮》 昭和40年頃 

柏に移り住んだ野十郎が自ら育てたスイレン。池の水面がわずかに赤く染まっているのは夕焼け空を映しているからで、そこに咲くスイレンには西方浄土の意味が込められているようだ。




《睡蓮》 昭和50

睡蓮の白い花が咲く水面をクローズアップして描く。絵の中心を設けず、どの花にも葉にも、また水に移り込んだ影にさえも、ひとしく画家の眼差しが注がれている。野十郎の絶筆となった作品。




《空》 昭和23年以降  

一見すれば、晴天に咲く大輪の「ひまわり」が美しく描かれているだけだが、タイトルは《空》となっている。本作の裏面には、「空」というタイトルに続けて、「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色」という般若心経の一節が記されているという。仏教における「空」を理解する意義というのは、物事や自身への固定的な「執着」からの開放、固定概念にとらわれず、変化する事柄に「柔軟」に対応する思考、「空」を理解することは、仏教における「悟り」への道であり、真実を見抜く「智慧」の基礎となるという教えである。「ひまわり」を描くことにより、形あるもの「色」と、実体がないこと「空」は異ならず、実体がないからこそ、それぞれが形を持って存在できるという「色即是空」の考え方を表わしたものであろう。




2.神社仏閣

《境内の桜》 昭和30年 

世田谷区にある曹洞宗の寺院、豪徳寺の仏殿を描いた作品。仏殿の脇には臥龍桜と呼ばれる枝垂れ桜がある。お堂の下で、子供たちが砂遊びしている様子がほのぼのと描かれている。野十郎にとって、寺院を描くことは仏の教えに従うことに他ならなかった。






《さくら》 昭和23年 

野十郎が晩年を過ごした柏市にある布施弁天東海寺に取材した作品。弘法大師とのゆかりも深いこの布施弁天は関東三大弁天の一つ。大きく枝を拡げた満開の桜、そこに参拝に訪れた親子連れの少女が鳴らす厳かな音が響き渡っているのだろう。灯籠の脇にも着物姿の二人の女性が描かれている。



少女が鳴らす音

灯籠の脇に着物姿の二人の女性

《寧楽の春》 昭和28年 

奈良・薬師寺の三重塔を描く。「凍れる音楽」といわれる東塔への供華のように桜とツツジが描かれる。




《法隆寺塔》 昭和33

奈良・法隆寺の五重塔をこちらは晴天の中に描く。




《雨 法隆寺塔》 昭和40年 

同じ構図で、雨の中の五重塔を描く。五重塔という仏教性を担う対象を描いたというだけでなく、陰陽二元論的な思想を込めた作品として構想されたもの。




《山中孤堂》 昭和28年 




《冬の地蔵》 昭和23年以降 

野十郎は寺院を描くことはあっても、仏像を描くことはなかった。この雪に埋もれたこの野仏くらいである。雪の中にぽつんと取り残されたような地蔵は、まるで昔話に出てくるお地蔵さまのようである。




《山門》 昭和23年 



3.資料

《遺稿ノート》 

このノートは2000(平成12)年に見つかった。このノートが書かれた時期はわかっていないが、野十郎の絵に対する考えや旅先で詠んだ詩歌が載っており、野十郎の写実が仏教的な考えに基づくものであったことが明らかになったという。



《宇郎像》青木繁 明治37

野十郎に仏教の影響を強く与えたのは長兄・宇郎で、彼は詩人でもあり、禅宗の僧侶でもあった。宇郎は1903(明治36)年頃に東京で同郷の青木繁と知り合い、青木が久留米に滞在する間は頻繁に宇郎の家を訪問していたという。宇郎は、青木を知る以前の明治35年に第一詩集『せゝらき集』を出しているが、1927(昭和 2)年に福永書店から 『せゝらき集』の増補改訂版を出し、その中に本作を色刷り挿絵として掲載した。

《宇郎像》青木繁 明治37

高島宇郎 詩集『せゝらき集』増補改訂版

高島宇郎 詩集『せゝらき集』増補改訂版の挿絵

高島野十郎の描く、「光と闇」を表わす《蝋燭》《月》《太陽》、また石神井公園の《夏の池》などの風景、そして《蓮華》《睡蓮》やひまわりを描く《空》などの静物画、《薬師寺の塔》など神社仏閣の建物、そのすべてに、仏教の教えが込められていることを知りました。野十郎は、孤高の人生を送ったといわれますが、透徹した精神性でひたすら写実を追求し、悟りを求めた画家であったと思われます。

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