| 臥雲橋 から通天橋を見る |
東福寺には、秋の紅葉の時期にも訪れたことがあります。そのときは、さすがにものすごい混みようで、通天橋では人に押しつぶされそうになるくらいでした。そんな思い出のある東福寺ですが、今回は、静かに建物を見て回りました。
1.東福寺の由緒
1236年に摂政関白・九条道家によって創建され、奈良の二大寺である東大寺と興福寺から一文字ずつ取って「東福寺」と命名された。
九条道家の名は、先に見た泉涌寺の「外護者」としても挙げられていた。道家は、九条家の根拠地であった東山の地に、まず泉涌寺の伽藍完成を見届け、その後に隣接する西側の敷地に宋風の禅寺として東福寺を建立した。東福寺も当初は「天台・真言・禅」の三宗兼学の道場として始まるが、これは泉涌寺(北京律)とも通じる当時の先進的な仏教スタイルであった。
九条道家という一人の権力者が、一方は「摂関家(九条家)の菩提寺」として東福寺を、もう一方は「皇室の菩提寺」として泉涌寺の礎を同時に築いたことになる。
2.臥雲橋 ・通天橋
東福寺の境内に入るには、この臥雲橋 を渡る。秋には、ここから通天橋のほうを見るとあたり一面が「紅葉の雲海」となるが、いまはもみじの枝ばかりである。
臥雲橋は、1380年頃に架けられ、現在のものは1847年に再建されたもの。 通天橋より下流にある。
通天橋は、1380年に仏殿と開山堂を結ぶために架けられた、屋根付きの木造の橋廊である。現在の橋は1961年に再建されたもの。 これらは境内の渓谷「洗玉澗」に架かる橋で、もともとは修行僧の移動を助けるために架けられた。
| 通天橋 |
2.庫裏
現在の建物は明治時代の火災後に再建されたもの。鎌倉・室町時代の伝統的な建築様式を今に伝える木造建築である。もともとは寺の台所や寺務所としての役割を持つ場所だが、現在は「方丈庭園」への拝観受付となっている。
3.経蔵
1793年に再建された 経典を納めるための建物。 白壁に丸窓(連子窓)が配された、左右対称の美しいデザインである。二層の屋根は宝形造といわれる。
4.殿鐘楼
経蔵の手前(右側)に見える建物。室町後期に建てられ、銅鐘は平安初期の鋳造とされ、もと西寺の遺物と伝わる。
5.三門
創建は鎌倉時代だが、火災で焼失し、現在の三門は、1405年に室町幕府4代将軍・足利義持により再建されたもの。日本最古かつ最大級の禅寺の三門である。
三門の楼上には、宝冠釈迦如来坐像と十六羅漢像が安置されている。これらは室町時代の作とされ、内部は吉祥天像や飛天などの極彩色画で彩られている。かつて特別公開のときに拝観したことがある。
6.本堂(仏殿兼法堂)
1881年(明治14年)の火災により、当時の仏殿と法堂は焼失し、現在の建物は1934年(昭和9年)に仏殿と法堂を兼ねる形で再建された。
本尊・釈迦如来立像
脇侍には、お釈迦様の弟子である「阿難尊者立像」が安置されている。 これらの像はかつて東福寺の塔頭で、現在は廃寺となっている三聖寺に伝来した像がその後の万寿寺から移されたという。 なお、本堂の内部は一般非公開となっている。
6.禅堂
1347年に再建されたもので、南北朝時代より現存する国内最古の僧堂。 禅宗の修行僧が坐禅や寝食を行う「専門道場(僧堂)」であり、かつては400人もの僧侶がここで修行に励んでいたという。
本堂と禅堂
本堂: 画面の左奥に見える大きな建物。 禅堂: 画面の右側手前に写っている建物。
| 本堂から奥の禅堂をみる |
7.東福寺の塔頭
東福寺には、現在25の塔頭寺院がある。これらは、かつて本山の高僧が亡くなった後、その弟子たちが墓塔を守るために建てた子院である。これらの塔頭寺院は、多くは秋の特別公開のときには拝観できるようだが、今回は門前を見ただけ。ただし、芬陀院(ふんだいん)は、雪舟が作庭したといわれる庭があり、雪舟寺とも呼ばれており、中を拝観した。
(1)霊源院
創建は南北朝時代の延文年間(1356年〜1361年頃)、後醍醐天皇の皇子である龍泉和尚によって「天護庵」として創建された。山門前に置かれた六地蔵は、にこやかな表情に癒されると人気となっているという。
(2)明暗寺
創建は1335年、天外明普が虚竹了円を開山として創建したと伝えられる。 明治時代の廃仏毀釈によって一度廃寺となり、その後、善慧院の中に再興され、現在は尺八の根本道場となっている。
善慧院は、大永年間 (1521年〜1528年)に東福寺第207世の彭叔守仙(ほうしゅくしゅせん)によって開かれた。
(3)同聚院(どうじゅいん)
創建は、平安時代、権勢を誇った藤原道長が建立した「法性寺 五大堂」が前身で、1444年、文渓元作(ぶんけいげんさく)が再興した。
門の右側にある看板には「十万不動明王」と記されており、これは本尊の不動明王坐像を指している。本尊・不動明王は、像高が約2m65cmあり、一木造の坐像としては日本一の大きさである。
(4)普門院
創建は鎌倉時代、東福寺の開山である聖一国師が晩年を過ごした居住場所(方丈)として建てられた。 現在の建物は江戸時代後期の1826年(文政9年)に再建されたもの。 東福寺の月下門となっている。
(5)法性寺(ほっしょうじ)
924年に藤原忠平によって創建された、藤原氏の氏寺という非常に由緒ある古刹。かつては現在の東福寺や泉涌寺の境内まで及ぶほど広大な寺域を誇っていた。しかし、武士の時代となった鎌倉初期には衰微し、その跡地に東福寺が建立されたことに伴い、法性寺の多くが東福寺へと代わっていったが、法性寺自体はその名を継承し、現在はこじんまりとした尼寺となっている。 本尊・木造千手観音立像は平安時代の作で、国宝となっている。「洛陽三十三所観音霊場 第21番札所」としても知られており、多くの巡礼者が訪れるという。
東福寺の塔頭のうち、芬陀院(雪舟寺)については、別項とします。
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