| 御影堂・親鸞聖人像 |
京都駅からタクシーに乗り、西本願寺に行きました。ここでは、特別公開として「飛雲閣」が拝観できると思い込んで行ったのですが、案内所で聞くと、今日はお休みとのこと。そうだ、特別公開の期間ではあるが、この日は休館になっていたことを失念していました。
それでも、西本願寺の御影堂と阿弥陀堂などを拝観してきました。
1.西本願寺
西本願寺は、鎌倉時代に親鸞聖人の娘(覚信尼)が父の墓所として建てた廟堂が始まりで、曾孫の覚如が1321年に寺院化した。その後、第8代蓮如上人が近畿から北陸に教えを広め、戦国時代には巨大な勢力となり、織田信長と10年にわたり抗争を繰り広げた。山科、石山、天満など各地を転々とした後、1591年に豊臣秀吉の寄進で現在の地に移った。江戸時代には教団内の後継者争いから、 徳川家康が教如を擁立してもう一つの本願寺(現在の東本願寺)を設立した。これにより、もともとの本願寺が「西本願寺」と呼ばれ、東西分離となった(1602年)。
現在は、浄土真宗本願寺派の本山である。なお、正式名称は「本願寺」。
タクシーで乗りつけたのは阿弥陀堂門の前。門をくぐると、南北に並ぶ巨大な建物である、御影堂と阿弥陀堂がある。巨大な建物は、渡廊下でつながっており、門徒が一体となって参拝する真宗寺院の完成された配置となっている。
| 阿弥陀堂門 |
| 阿弥陀堂門 |
2.御影堂(ごえいどう )
宗祖・親鸞聖人の木像(御影)を安置する建物で、1636年に再建された。南北62m、東西48m、高さ29mを誇る世界最大級の木造建築で、一度に1,200人以上が参拝可能であるという。
中央に親鸞聖人の木像、両脇に本願寺歴代宗主の影像を安置し、両余間には十字名号(帰命尽十方無碍光如来)と九字名号(南無不可思議光如来)を安置している。
3.阿弥陀堂(あみだどう)
本尊である阿弥陀如来の木像を安置する「本堂」 で、1760年に再建された。西42メートル、南北45メートル、高さ25メートルと、御影堂より一回り小さいものの、真宗本堂の完成形とされる高い技術と意匠を誇る。
中央に阿弥陀如来の木像、両脇にインド・中国・日本の七高僧の内、龍樹菩薩・天親菩薩・曇鸞大師・道綽禅師・善導大師・源信和尚の六師を、両余間に法然聖人と聖徳太子の影像を安置している。
| 渡廊下 |
| 十字名号(帰命尽十方無碍光如来) |
| 親鸞聖人像 |
| 扁額の「見真」は明治天皇から宗祖・親鸞に贈られた諡号 |
| 九字名号(南無不可思議光如来) |
| 法然聖人(黒谷源空)影像 |
| 雪松図 |
| 雪梅竹図 |
4.大銀杏
御影堂と阿弥陀堂の前の白洲に樹齢400年を超える大銀杏がある。形が逆さまに見えることから「逆さ銀杏」と呼ばれる。また、火災の際に水を吹き出して建物を守ったという伝説から「水吹きイチョウ」と呼ばれている。
5.飛雲閣(ひうんかく)
1587年に完成した豊臣秀吉の邸宅「聚楽第」の一部であったと伝えられる。仏教寺院の建物でありながら、仏殿としての性格を持たず、完全に住宅風(数寄屋風)に造られている。これは、秀吉が客人を招き、茶の湯や舟遊びなどの遊興を楽しむための施設として造られたためといわれる。
![]() |
| * 飛雲閣 |
京の旅の三日目は西本願寺、残念ながら飛雲閣は観ることができませんでしたが、またの機会ということに。
4日目は旅の最終日、泉涌寺に行きます。

0 件のコメント:
コメントを投稿