2026年1月14日水曜日

東京異空間385:水車公園・日本庭園

 


板橋区立美術館から地下鉄・赤塚駅に戻る途中、水車公園に寄ってみました。ここには、水車公園とともに、日本庭園が造られています。

水車公園は、地下鉄赤塚駅から歩いて約15分、赤塚中央通りから横道に入る目印に、少年・少女の銅像「そよ風」が置かれています。そこからの道は、今は暗渠となっていますが、前谷津川の通り道が、水車公園まで続いています。



いただいたパンフレットを参考に庭をまわりました。

1.水車公園

水車公園は、地域の農業の歴史を再現するため、1985(昭和60)年に水田と水車小屋が復元された。水車公園のある板橋の「徳丸」というエリアは江戸時代には幕府の砲術訓練場であったが、その後、水田として開発されるようになった。

水車は、流れ落ちる水で回す上掛け式で、その動力で小屋の中で米を撞いたり粉をひいたりすることができる。水車小屋の前には水田が作られていて、時期になれば、田植え~稲刈り等が行われる。


水車小屋

水車

水車(小屋内)


炭焼き窯

不思議な形をしているが、これは炭焼き窯だという。かつて里山の暮らしで不可欠だった製炭技術を次世代に伝えるため、教育的な目的で置かれている。



記念の碑

この碑は、当時の宮前橋の架け替えを機に、交通の利便性のために私有地を割いて新しい道を開いた芳川勇蔵曽根田喜之助の功績を称えて1921(大正10年に建立された地域住民の自発的な貢献を記念する内容が刻まれている。当初は橋のあった場所に近い川沿いに設置されていたが、後に川が暗渠化されたことに伴い、現在の水車公園内に移設され保存されている。



2.日本庭園 徳水亭

1989(平成元)年に、水車公園とは道路を挟んで、日本庭園と茶室「徳水亭」が造られた。かつてこの地を流れていた前谷津川(現在は暗渠)の名残を活かし、池泉回遊式・枯山水・茶庭(露地の三様式を取り入れた庭園で、郷土の自然と歴史を伝えている。それほど広い庭園ではないが、日本庭園の造園技法を多くの取り込んでいて、趣深い景観が広がる。

(1)池泉回遊

門を入って右に周り、枯滝からの流れは心字池に注ぎ、洲浜を前に茶室が建つ、池泉回遊式となっている。

深山からわき出た清流が滝となり、岩を噛んで亀島、鶴島のある心字池へとそそぐ。 滝は、「竜門の滝」に見立てた造りだという。竜門の滝とは、中国・黄河の急流を昇った鯉が竜になったという伝説をもとに造られたもの。この枯滝石組は、大きめの2つの滝添石に間に水が流れ落ちる水落石を置き、滝壺には鯉魚石を置いている。

流れの上流には、木橋と石橋がかかり、流れ込む心字池の淵には玉石による洲浜が造られている。


枯滝石組


木橋


石橋

滝から石橋


心字池

「心」の字をかたどった池。池の中の島には鶴島・亀島がつくられている。池の周囲を巡ることで心身を清めたり、沈思黙考を促したりする意味合いが込められていることから、禅宗の影響を受けた庭園によく見られる。

鶴島・亀島

鶴は千年、亀は万年といわれ、中国でも日本でも庭園構成のモチーフとなっている。



洲浜

玉石で造られた洲浜は、自然の野山の趣を、水辺の風景を限られた空間に再現するための重要な要素となっている。また、不老不死の仙境、蓬莱山などを想起させ、特別な場所を演出する役割を担っている。




)枯山水

門を入って左に回ると、土塀の内側に沿って枯山水が作られている。白砂に波を描き、9個の石が置かれ、仏教の世界観にある「須弥山」を表現している。須弥山とは、世界の中心にそびえると考えられてきた神聖な山で、そのまわりには8つの山と8つの海があるとされ、須弥山とあわせて9つの山になることから、「九山八海(くせんはっかい)」と呼ばれている。







金明竹(キンメイチク)

土塀の外周りには、金明竹(キンメイチク)が植えられている。 キンメイチクは、マダケが突然変異してできた品種で、稈(カン)は黄色いが一節おきに緑色の筋が交互に入り、葉の一部に白い筋模様が入る。全体としては鮮やかな黄金色に見えるため、金明竹と名付けられた。 外観が極めて美しいため、庭園や鉢物に使われる。









)茶露地

茶室「徳水亭」は、書院風と草庵風の二室が造られている。客の出入り口である躙口(にじりぐち)の上部には、「土庇(どびさし)」が作られ「土塀」「礎」とともに風情ある空間を作り出している。茶室の降り口には、さびた沓脱石が置かれ、そこから露地には、飛び石 延段が敷かれている。

書院風

書院風


書院風

草庵風

草庵風

沓脱石

沓脱石


飛び石

露地(茶庭)の要素のいくつかを見ていく。

腰掛待合

茶会の時、客が亭主の迎付けを待つ、あるいは中立ちのあと再び後入りの合図を待つところ。




蹲踞・水琴窟 

蹲踞は、茶室に入る前に手水を使うための手水鉢を中心に一組に役石で構成されたもの。 手水鉢は低く据えられているため、うずくまる、しゃがみ込む、つくばうように水を使うところから、この名が付いた。

水琴窟 は、地中に小洞窟、伏瓶を設け、その中に蹲踞などから水を導き、生じる水滴恩を反響させ、地上に漏れてくる音を楽しむもの。




塵穴

塵穴は、露地を常に清浄とする思想が形になったもので、軒内に何カ所か設けられ、硯石と青竹の端が添えられる屑籠である。





袖垣

建物の柱や壁から庭に向かって、直角に袖上に短く張り出した垣根。着物の「袖」のような形をしていることからその名がついた。 材料によって萩垣、竹垣、黒文字垣などがある。

枝折戸

露地の入口として、自然の竹や枝を編んで作られた簡素な片開きの扉




黒十文字袖垣

クロモジの枝を使った袖垣。  



萩の袖垣 

ハギの枝を束ねて作られる袖垣。



灯籠

灯籠は、夜間に足元を照らすためばかりでなく、植え込み・築山・池泉・手水鉢などに添えて趣のある景色を作り出すもの。

灯籠は、仏教とともに中国から伝来し、仏前を照らす「献灯」として寺院に置かれた。安土桃山時代に、 千利休が「露地(茶庭)」に照明と景観要素として導入し、仏前を照らす役割から、庭園を彩る装飾品へと変化した。

ここの茶庭には次のような様式の灯籠が置かれていた。

利休型灯籠

利休型灯籠は千利休が考案・普及させた「雪見灯籠」を基にした簡素で機能的な灯籠。



黄梅院埋込灯籠

黄梅院埋込灯籠は南禅寺黄梅院の庭園に見られるような、地中に深く埋め込まれ、自然と一体化した趣の灯籠。



古代灯籠

古代灯籠は飛鳥時代に仏教伝来とともに作られ始めた、初期の石灯籠の様式を指し、装飾が控えめで、石の素材感やどっしりとした安定感を強調した意匠の灯籠。


今回は、庭園の植栽などについては、松、キンメイチク以外にはほとんど目に入ってきませんでしたが、次回は、どのような木や草、コケなどで庭が造られているか、よく見て来たいと思います。また、水車公園の水田も緑あるいは黄金色の時期に見てみたいと思います。

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