2024年12月6日金曜日

東京異空間256:美術展を巡るⅩ~アルフォンス・ミュシャ ふたつの世界@府中市美術館

 

《モエ・エ・シャンドン ドライ・アンペリアル》(株)インテック

アルフォンス・ミュシャ ふたつの世界@府中市美術館を観に行ってきました。会期は121日まででした。残念ながら、展示作品の写真撮影は不可でした。

ミュシャというと思い出すのは、かつてプラハに旅行した時に宿泊したホテルの前に「ミュシャ美術館」があり、作品を観た後、ミュージアムショップで作品集などの土産を買った覚えがあります。

また、2017年に国立新美術館で開催されたミュシャ展でスラブ叙事詩20点を観て、その迫力に圧倒されたのを覚えています。

1.ふたつの世界

ミュシャは、1860年、当時のオーストリア・ハンガリー帝国領モラヴィア、現在のチェコ共和国に生まれた。チェコ語ではアルフォンス・マリア・ムハ(Alfons Maria Mucha)と発音する。

19歳(1879年)ウィーンへ、24歳(1884年)ミュンヘンへ行き、美術アカデミーで学ぶ。27歳(1887年)パリのアカデミーへ。35歳(1895年)にサラ・ベルナールのポスターが評判となり、6年間の契約を結ぶ。40歳(1900年)パリ万博のボスニアヘルツェゴビナ館の装飾で賞を受ける。

パリでサラ・ベルナールに見いだされ、一躍、アールヌーボーの寵児となる。この時代がサラ・ベルナーをはじめ、美しい女性を装飾したポスターをリトグラフで制作した「デザイナーとしての顔・ミュシャ」である。そしてパリ万博で原故郷のスラブ民族に目覚め、歴史画に取り組む「画家としての顔・ムハ」というふたつの世界がある。なお、ミュシャはフランス語の発音、ムハがチェコ語の発音。

この展覧会では、版画の代表作と貴重な大型の油彩画なども含めた作品から「ふたつの世界」を観ることができる。これらの作品は、すべて日本のコレクションである。

《サラ・ベルナール》OGATAコレクション

《目を閉じた少女》堺アルフォンス・ミュシャ館

《ハーモニー》堺アルフォンス・ミュシャ館

《ハーモニー》堺アルフォンス・ミュシャ館

《ハーモニー》堺アルフォンス・ミュシャ館


2.コレクション

この展覧会に出品されているミュシャの作品は、すべて日本にあるコレクションである。どのようなコレクションなのだろうか。

(1)「ドイ・コレクション」堺市立文化館アルフォンス・ミュシャ館

カメラ店の創業者である土井君雄が、本業の買い付けや商談の為に渡欧する度に買い集めたコレクションである。ミュシャが作品を描く際に写真を活用したこともコレクションする一因となったようだ。

土居の死後、遺族から大阪府堺市に寄贈され、ドイ・コレクションとして堺市立文化館アルフォンス・ミュシャ館にて展示公開されている。なお、カメラのドイはその後、2006年に破産している。

(2)「OGATAコレクション」

カメラのドイに入社した尾形寿行は、創業者の土井君雄に依頼され、ドイツ滞在中にミュシャ作品の収集に携わり、1300点を蒐集した。その後、コレクションをもとに(株)尾形企画を設立し、ミュシャ展を企画するなどの事業を展開している。

(3)「サントリーポスターコレクション 」大阪中之島美術館寄託

サントリーが持っていた世界有数のポスターコレクション(約18000点)が大阪市に寄贈され、「サントリーポスターコレクション」として大阪中之島美術館に寄託されている。

(4)「インテック・コレクション」富山県立美術館寄託

富山に本社を置くIT企業(株)インテックのコレクションで、富山県立美術館に寄託されている。

(5)「チマル・コレクション」

横浜そごうで開催されている「ミュシャ展」は日本のコレクションではなく、チェコの個人コレクションだという。

チェコ在住の医師であるズデニェク・チマル(Zdenek Trimal)の個人コレクションが「ミュシャ展~マルチ・アーティストの先駆者」@そごう美術館で展示されている。ミュシャのコレクターの多くがポスターをメインに収集しているが、チマル・コレクションは油彩画、本の挿絵、切手、紙幣、菓子のパッケージ などのアイテムを数多く集めているのが特徴とされる。

3.ミュシャ展

最近も、各地でいくつかのミュシャ展が開催されている。ミュシャの人気は高まっているのだろう。そうした最近の美術展をあげておく。その前に、先にも述べたように2017年に国立新美術館で行われたミュシャ展を振り返っておく。、ここに《スラブ叙事詩》全20点が展示された。

(1)「国立新美術館開館10周年 チェコ文化年事業 ミュシャ展」

会場:国立新美術館 企画展示室2E、 会期:201738()65()

の「ミュシャ展」は、チェコ国外で初めてミュシャの代表作である《スラブ叙事詩》20点を全点展示したもので、65万人以上の入場者数を記録し、大きな話題を呼んだ。

20点のうち最大のものは、およそ縦6メートル、横8メートルにも及ぶもので、カーペットのように巻いて、筒状にして輸送したという。新国立美術館の広いスペースを活かし、幻想的かつ厳粛な空間を作り出していた。

《スラブ叙事詩》制作の過程

ミュシャが《スラブ叙事詩》を制作する契機は、いくつかあるようだが、1900年、パリ万博でボスニア・ヘルツェゴビナ館の装飾を手掛ける際に、バルカン半島を取材したこと。そこでスラブ人たちの生活を目の当たりにして民族への思いを強くする。1908年、アメリカ滞在中にボストン交響楽団による演奏でスメタナの「わが祖国」を聴いたこと。この曲に感銘を受け、芸術の力でスラブ系民族の団結、文化の伝道に尽力したいということを心に決める。そして、アメリカで富豪のチャールズ・クレインによる資金援助を得たことで、51歳、1911年から本格的な制作を始める。

その際、ミュシャは制作、それをクレインは資金援助、プラハ市は特設の展示場を用意することを条件に作品の寄贈を受けるという三者の取り決めがなされた。しかしながら、制作も思うようには進まず、あしかけ16年もかかり、完成したのは65歳、1926年のときであった。1939年、78歳で亡くなるが、その後も、世界大戦、チェコスロバキアの独立といった社会情勢も大きく変わり、プラハ市も美術館建設はできず、ミュシャの生まれ故郷に近いモラフスキー・クルムロフ城に長い間寄託されていた。

それが最近のニュースで、ミュシャの代表作である《スラヴ叙事詩》を恒久的に展示する施設が、2026年を目処にプラハの中心地に開館することが決定したという。

ムハの世界 

《スラヴ叙事詩》では、ミュシャの描く女性も大きく変わった。パリの大女優サラ・ベルナール をモデルにしたポスターは、夢みるような目、優雅で蠱惑的な顔であるのに対し、ムハの描く女性はチェコ人の妻・マルシュカをモデルにして、一点を見つめるような鋭いまなざし、強い意志を持った顔の女性を描いた。

また、《スラヴ叙事詩》の大画面は、画面の手前から奥に向けて重層的に構成されていて、コラージュ的、あるいは制作にあたり写真を活用したことによる構図となっている。20点を通して、スラブ民族の神話、歴史を神秘的、幻想的、かつ厳粛的に描いている。パリのミュシャとは違うチェコのムハの世界である。

(2)「ミュシャ展 マルチ・アーティストの先駆者」

会場:「そごう美術館」、会期20241123 202515

先に述べたチェコの個人コレクターであるズデニェク・チマルのコレクションから、えりすぐりの作品約170点が展示される。代表的なポスター作品にとどまらないマルチ・アーティストとしてのアルフォンス・ミュシャの魅力に迫る展覧会。

(3)「永遠のミュシャ

会場:渋谷ヒカリエホール、会期:2024/12/32025/1/19

ミュシャの傑作が高解像度で大空間に映し出され、「香り」まで体験できる演出など、色・香り・音で体感する新感覚の展覧会。目玉となるイマーシブ映像を中心に、ミュシャの人生、画業、後世への影響なども、学術的な視点と多彩な演出で紹介される。 イマーシブ(immersive)とは「没入感」を意味 する。

(4)「ミュシャ展 アール・ヌーヴォーの女神たち

会場:金山南ビル美術館棟(旧名古屋ボストン美術館)、会期:20241221日(土)〜202522日(日)名古屋会場に続き、横浜・福井会場での巡回展。

ミュシャの作品を高精細のプロジェクターでアール・ヌーヴォーの時代を彩った女神たちが躍動する圧巻の映像空間を作り出す。さらにオリジナル作品を約150点を同会場内に展示し、リアルとデジタルを両方楽しめ、「絵画を全身で体験する」ハイブリッド展覧会だという。

(参考):

図録『ミュシャ展』国立新美術館 求龍堂 2017

『ミュシャ パリの華、スラブの魂』本橋弥生他 新潮社 2018

『ミュシャのすべて』堺アルフォンス・ミュシャ館協力角川新書 2016


最近は単に作品を展示するという従来の美術展ではなく、映像、さらには香りなどを活用した新しい体験型の展覧会が開催されるようです。しかし、何といっても、もう一度、《スラヴ叙事詩》を観たいものです。

残念ながら、この先、日本で観られるというのはまずないことでしょう。ニュースにあったように、プラハに美術館が完成したら、プラハに行けば見られることになりますが、果たして自分が行けるかどうかが問題です。

府中市美術館でも紅葉が見られました。











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