2023年5月2日火曜日

東京異空間106:植物の生存戦略・毒と薬~東京都薬用植物園

 

ケシ

小平市にある東京都薬用植物園に行ってきました。ここは昭和21年に設立され、薬用植物の収集、栽培を行っていることから、ケシをはじめ珍しい植物を見ることができます。

漢方をはじめ、多くの薬が植物の成分からつくられていますが、それはまた毒でもあります。毒と薬は表裏一体のもの、では、どうして植物はそうした毒をつくることができるのでしょうか。そこには植物の生存戦略がありました。「美しい花には毒がある」といいます。それは・・・

1.植物の生存戦略・毒と薬

植物は、その生存戦略として、動かないことを選択した。そのため、生きるエネルギーを大地からリンなどの栄養分と大気から二酸化炭素を取り入れ、そして太陽からの光によって生成することに成功した。それが光合成。いっぽう、動物は、その生存戦略として動くことを選択した。動くことによって、生きるエネルギーを他の生物から得て、それをエサとして消化し、変化させることによって生み出した。つまり、植物はエネルギーとなる成分を自ら生成することができる。

また植物は、、自らの子孫をつなげていく戦略として、スギなどの針葉樹のように、はじめは花粉を風に任せていたが、後から出現してきた昆虫や鳥などの動物に運んでもらうことによって、より確実に受粉につなげられるという戦術を生み出した。そこで、虫などの好む花の色 甘い蜜、香りなども生み出した。しかし、逆に動物を吸い寄せるがために、植物自らが食べられてしまうリスクを生じる。それを防御するために「毒」を生み出したと考えられる。さらに、動物などに捕食されないためだけでなく、病原菌に対しては、抗菌性のある成分を生み出し、また他の植物との競争戦略としては、匂いなど他の植物の成長を阻害する成分を生み出すまでに進化した。

では、なぜ、こうして植物が生成した毒などの成分を植物自らはダメージを受けないでいられるのか。これを毒性に対する「自己耐性」というが、そのメカニズムとして、ひとつは植物の細胞内にある「液胞」という小器官に自ら生産した毒性成分を蓄えておくという機能を持っている。そして外敵が来て細胞を破壊すると液胞は直ちに壊れ、毒性成分と酵素が結びついて、「毒」に戻って防御する。もうひとつは、植物の表面にある突起状の組織である「腺毛」に毒性成分を蓄えておくという仕組みがある。どちらも、いったん貯蔵庫に毒性成分を蓄えることによって、自己耐性を得るという方法である。さらに、毒性成分の標的となるタンパク質を突然変異させて、本来の機能を損なうことなく毒に耐性のあるたんぱく質にしてしまうというメカニズムがあるという。

こうした植物の持つ毒から薬を作ることは、ケシから鎮痛剤モルヒネを発見したことに始まる。それまでは東洋の本草学による植物等に由来する「生薬」が使われていたが、生薬はいろいろな成分の混合体である。その混合体の中から有効成分、単体を取り出し、西洋医学の薬として使うようになったのが、ケシからモルヒネを取り出したことであった。それが近代薬学のはじめであり、1804年頃だとされる。今では、バイオテクノロジーの発達により、多くの抗がん剤などが植物成分からつくられている。

そして、この毒のような複合化合物を生成するのは、植物のうち、多くが花を咲かせる顕花植物によるものだ。すなわち、「美しい花には毒がある」ということになる。

参考:

『植物はなぜ薬をつくるか』斉藤和季 文春新書 2017

2.有毒植物(≒薬草)

薬用植物園で見られる植物について、有毒、有用、希少、水生、温室に概ね分類してみた。まずは、有毒植物であるケシから見てみる。

ケシは、当然、法的に栽培することは禁止されているが、この植物園では特別に認められているので、近くでケシの花を見ることができる。

その他の有毒植物も、漢方の生薬として使われているものが多いが、スズランなど園芸品種として、よく見る植物も多いので、気を付ける必要がある。

・ケシ:芥子坊主という未熟果の表面に傷をつけると白色の乳液がアヘンとなる。鎮痛・鎮静剤としてモルヒネの原料となる。

ケシ(この蜂は、麻薬常習者??)


アツミゲシ

ハカマオニゲシ



ハナビシソウ(ケシ科)

クサノオウ(ケシ科)


オキナグサ:皮膚炎、腹痛、漢方の白頭翁

オキナグサ

オキナグサ

タチビャクブ(立百部):家畜の回虫やぎょう虫の駆除薬


タチビャクブ

・イソトマ:液汁が目に入ると失明、花言葉も「猛毒」

イソトマ

・イチハツ(アヤメ科):根から鳶尾根という名の薬、吐剤、下剤。アヤメ科のなかで一番先に咲くことから「一初」の名。

イチハツ

イチハツ

・ルリジサ(ハーブの一種):アドレナリンを分泌し強壮効果。染料。油脂。

ルリジサ

・ムギナデシコ:肝臓、胆のうに効く生薬。利尿薬。

ムギナデシコ

ムギナデシコ

・ウマノアシガタ(馬の足形):これを食べた牛が中毒。キンポウゲ属は、漢方では、扁桃腺や皮膚病などの外用薬に使われる。

ウマノアシガタ

キンポウゲ属?

・ドイツスズラン:特に花や根に多くの毒が含まれ、摂取した場合、嘔吐、頭痛、眩暈、心不全、血圧低下、心臓麻痺などの症状を起こし、死に至る場合もある。よく見かけるのが大型のドイツスズランだが、毒性は日本のスズランも同様。

ドイツスズラン

・クリスマスローズ:摂取すると、嘔吐、腹痛、下痢、痙攣、精神錯乱、心拍数低下、心停止などを引き起こす。

クリスマスローズ

・ユズリハ:世代交代の象徴として、正月飾りなどにも使われるが、牛などの家畜が食べると、起立不能、食欲不振、心臓麻痺を引き起こす。

ユズリハ

・ヤツデ:葉は「八角金盤」という生薬として去痰の効果。過剰摂取すると、下痢、嘔吐、溶血を起こす。かつては蛆虫殺しのため、汲み取り便所の近くに植えられた。

ヤツデ

・ヨーロッパイチイ:種子に毒があり、痙攣、呼吸困難を引き起こす。瀉下薬、鎮咳薬となる。葉から抽出した成分は抗がん剤(タキソール)の原料となる。

ヨーロッパイチイ


3.有用植物

有用といっても、人間にとって有用ということであり、食用、染料、香料などになる植物である。この中には、漢方の生薬として用いられる植物もある。たとえば、シャクヤクは万能薬として、多くの漢方に配合されている。その花は美しく美女の形容として「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」といわれるが、これは漢方のほうでは生薬の使い方をいい、イラ立ちやすい女性は芍薬の根を、座りがちの女性は牡丹の根の皮を、フラフラ歩く女性は百合の根を用いると良いという意味だという。

・リムナンテス:油脂を取り、メドフォーム油といわれ化粧品などに利用される。花の形からポーチドエッグフラワーとも呼ばれる。

リムナンテス

・センキュウ:古くから漢方の薬用として用いられ、生理痛、腹痛、冷え性などに効果がある。香りがあり入浴剤としても利用される。

センキュウ


・ボケ:果実は「木瓜(もっか)」と呼ばれる生薬となり、強壮、疲労回復、咳止め、食あたりなどに効果。果実酒にもなる。

ボケ


ノイバラ:花は芳香があり、香水の原料となる。果実は「営実(えいじつ)」と呼ばれる漢方薬となり、瀉下薬、利尿薬として使われる。

ノイバラ

ノイバラ

・セイヨウニンジンボク:古くから生理痛など婦人病に用いられた。ハーブとして用いられる。

セイヨウニンジンボク


・シャクヤク:「芍薬」と言われるように、生薬として、荘園、鎮痛、抗菌、止血などに効果があるとされ、葛根湯、当帰芍薬散など多くの漢方に配合される。

シャクヤク


・ウメ:未熟な実は有毒であるが、梅干、梅酒などに加工して食用にする。漢方では「烏梅」として整腸、消炎、止血などの作用がある。

ウメ


・ハクウンボク:材からは、将棋の駒、そろばんの玉、マッチの軸などに利用される。種子からhクうん僕油をとり、和蝋燭に使われた。

ハクウンボク


・ヤマグルマ:樹皮からトリモチがとれる。

ヤマグルマ


・レッドキャンピオン:花や葉をハーブとしてサラダ、スープなどに利用。

レッドキャンピオン


・ハマナス:果実は、ビタミンCが豊富に含まれ、ジャムなどの食用に、花は香料になる。

ハマナス


・シロバナムシヨケギク:「白花除虫除菊」の名の通り、除虫菊として蚊取り線香、殺虫剤の原料となる。

シロバナムシヨケギク

・ヒメウイキョウ:香辛料として、お菓子や料理に使われる。種からとれる精油は腹痛、気管支炎に効くといわれ、うがい、口内洗浄にも使われる。

ヒメウイキョウ


・タラヨウ:葉の裏側に文字を書くと黒く跡が残り、古代インドでは仏教の経文に使われた。いまでもハガキの木といわれる。

タラヨウ


・キソケイ:芳香がある。ジャスミンの近縁種。

キソケイ

キソケイ・ツワブキの葉に落ちた花びら

キソケイ・地面に落ちた花びら


・カラタネオガタマ:バナナに似た甘い香りを放つ。

カラタネオガタマ


4.希少植物

レッドデータブック(RDB)に指定されている植物で、分類としては、絶滅の危険が増大している種 、絶滅危惧Ⅱ類 (UV)と、絶滅危惧に移行する可能性のある種、準絶滅危惧(NT)に指定される植物を見ることができる。

カキツバタやシランなどはよく見かける植物だが、RDBの指定は、その植物の野生種、自生種の絶滅危険度を示していると思われる。

・カキツバタ:レッドデータブック(RDB)の準絶滅危惧(NT)に指定。




・シロバナシラン:レッドデータブック(RDB)の準絶滅危惧に指定。

シロバナシラン

・シラン:レッドデータブック(RDB)の準絶滅危惧に指定。

シラン

シラン

シラン


・ヒトツバタゴ:ナンジャモンジャの木とも。RDBの絶滅危惧Ⅱ類(VU)

ナンジャモンジャノキ・手前はナノハナ

ナンジャモンジャノキ

ナンジャモンジャノキ(ヒトツバタゴ)の花


・キンラン:RDB(VU)に指定。キンランは菌類との共生関係が高く、人工栽培は難しく、コナラなどがある林でしか見ることができない。

キンラン

キンラン

キンラン

武蔵野の面影のある林


・ヒメシャガ:RDB(NT)に指定。園芸個体は見るが、野性個体は(NT

ヒメシャガ


・エビネ:野性個体はRDB(NT)に指定。

エビネ


・ツルカノコソウ:北多摩地域ではRDB(UV)に指定。

ツルカノコソウ


・サクラソウ:RDB(NT)に指定。 自生地が開発などにより、次々に環境悪化しており保護に努めている。

サクラソウ

サクラソウ


・オオカナメモチ:日本での自生は稀であり、岡山県、愛媛県(宇和島)、奄美大島、西表島などの一部地域にのみ育ち、絶滅も危惧。

オオカナメモチ


5.水生植物

水生植物のある池では、ミズカンナを見ることができたが、コウホネ、スイレンなどの花は時期が早かった。ここでは、カキツバタなども水湿地に育つ植物だが、今回は4.希少植物に入れた。

ここの池にもカメが二匹、悠然と甲羅干しをしていた。


カメ


・ミズカンナ:葉がカンナに似て、水生であることから名付けられた。

ミズカンナ


6.温室植物

温室の中の植物は、さすがに珍しいものが多い。その中にも、生薬として利用されてきた植物もある。

また、ネーミングにもユニークなものがあり、その植物の性質を語っているようだ。

・オオベニウチワ:ハート形の花のように見えるのは仏炎苞といわれ、ミズバショウなどにもみられる。本当の花は中央の部分。

オオベニウチワ


・コチョウラン:胡蝶蘭のリップは、「唇弁」ともいわれ、花びらが変化したもの。虫がとまる飛行場のような役割もあるという。

コチョウラン・リップ

・ミッキーマウスノキ(オクナ・キルキー):赤と黒の色合いがミッキーマウスの顔に見えることから付けられたネーミング。果実ははじめ緑で、後に黒くなる。

ミッキーマウスノキ

ミッキーマウスノキ


・クワッシア:最も強い苦みを持つ植物といわれる。樹皮は健胃、解熱、駆虫に用いられる。抗マラリア、抗ウィルス作用もある。

クワッシア


・ムユウジュ「無憂樹」:仏教三大聖樹といわれ、「無憂樹」は釈迦が生まれた所にあった木、「菩提樹」は釈迦が悟りを開いた所にあった木、「沙羅双樹」は釈迦が亡くなった所にあった木といわれる。

ムユウジュ


・シクンシ「使君子」:生薬として駆虫剤、整腸剤、健胃薬として使われる。「天使から授かったほどの貴重な薬」として名付けられた。

シクンシ

先の神代植物公園では、色鮮やかな花々に目を奪われましたが、ここ東京都薬用植物園では、毒を生み出す植物の生存戦略の巧妙さに目を開かれました。そして、植物の毒から薬を生み出す、人間の知恵にも目を見張ります。ところで、人間は、植物の毒から、どのように自らを守ったのでしょうか。それは、人間の舌にあるそうです。舌にある苦味を感じるセンサーが、強く反応する場合は、毒として吐き出します。しかし、ある程度以下の苦味であれば薬として飲み込みます。まさに「良薬は口に苦し」です。

毒と薬を通じて植物と人間とが共存し、進化してきた長い歴史を垣間見ることが出来ました。しかし、レッドデータブックのリストに載るような植物も多いことも知りました。キンランが林の中でしか花を付けないように、自然環境を大切にして、植物との共存が続くようにしていく必要を強く感じました。

参考:

NHKヒューマンサイエンス「毒と薬 その攻防が進化を生む」2023.1.31放送


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