ドクダミ |
植物学者・牧野富太郎は、「雑草という名の草はない」という名言を吐いています。散歩しながら、道端の雑草に目を配ってみました。
1.雑草とは
雑草とは、「望まれないところに生える植物」 と定義される。しかし、食用にもなる雑草、たとえばヨモギ、ツクシ、イタドリ、ワラビなどは、「山菜」と呼ばれる。また、薬用になる雑草、たとえばドクダミなどは、「薬草」と呼ばれる。
こうした有用な雑草(?)もあるが、多くは、いたるところに生えて来る厄介な邪魔者である。そこで、草取りが大変な作業となる。とくに畑や庭に生えてくる雑草は、しょっちゅう抜き取らないといけない。しかし、草取りをしてもつぎつぎに生えてくるのが雑草である。
いっぽうで、踏まれても、刈られても生えてくることから、逆境に強い「雑草魂」などというように、「雑草」にプラスの意味を込める場合がある。雑草にプラスの意味合いを持つことは、日本だけであって、ヨーロッパにはないという。英語の「Weedy(雑草のよう)」には「ひょろひょろしてひ弱そうな」という意味があるという。だからヨーロッパで「雑草のよう」と言われたら、相当強いマイナスのイメージとなる。
また、和辻哲郎は名著『風土』のなかで「ヨーロッパには雑草はない」という。たとえば、イギリスのゴルフ発祥の地であるセント・アンドリュースは、できるだけ手を加えない自然に近い状態で、ゴルフをプレーする。それに対し、日本のゴルフ場は、草取りをしてコースのメンテナンスをするのに相当なコストをかけざるを得ない。また、日本の公園にある芝生には、大抵、「芝生に入るべからず」とある。欧米の公園の芝生では、ランチをしたり遊んだり自由である。それほど、日本とヨーロッパでは雑草に対する見方が違うのである。そもそも、日本の雨の多い高温多湿の気候(モンスーン地域)では、雑草がよく生えるのに対し、ヨーロッパでは夏は乾燥期で冬は雨期だが、比較的穏やかであり、この風土においては雑草が育ちにくく、豊かな牧草が育まれ、耕作もモンスーン地域ほど過酷ではない。 それは、自然に対する考え方の違いにもなってきている。
こうした雑草を通じた文化の違いをふまえながら、まずは、牧野博士の言われるように、「雑草という名の草はない」ことから、それぞれの名前の草を観ていくことにする。
2.ドクダミ
今の時期、ドクダミの白い花をあちこち見る。花を見るまでドクダミがこんなにはびこっていたとは思わなかった。ドクダミは地下茎で増えるので群生してしまう。ドクダミには独特な臭いがあるため、毒のある草ということから「毒溜」とも書くが、実は毒を抑えることを意味する「毒を矯める(ためる)」ことから名付けられたようだ。農耕馬に与えると、あらゆることに効くことから「十薬」という名もある。もちろん、人間にも薬効がある。
朝ドラ「らんまん」でも、第6週「ドクダミ」の章として、主人公・万太郎はドクダミがたくさん生えている「クサ長屋」に住むことになり、ドクダミの効用を長屋のみんなに説いていた。実際、ドクダミ酒、ドクダミ茶は効能があるとされる。
ドクダミの花は白く、美しいが花といわれている部分は苞であり、中心の突起する黄色い部分が花である。ドクダミを1輪、小さな花瓶に生けるだけで、楚々とした風情を醸し出すところに和の文化があるように思う。
ブロックの隅にドクダミ |
ドクダミ |
ドクダミ |
ドクダミ |
サツキの間にドクダミ |
ドクダミの花々 |
3.カタバミ
カタバミは春になると、道端や公園、空地、など、ちょっとした場所で咲いているのを見かける。黄色の小さな花と、クローバーを思わせるような4枚のハート型の葉が可愛らしい植物である。種類も多く、花の色もピンクやムラサキなどがある。
カタバミは、漢字で書くと「片喰」と書き、ハート形になっている葉が、夜になると閉じてしまい、葉の半分が食べられて欠けているように見えることから付けられた。また、葉や茎にシュウ酸を含んでいることから「酢漿(さくしょう)」と書くこともあり、「酸葉(すいば)」とも呼ばれ、昔は金属や鏡をこれで磨いたという。カタバミで鏡を磨くと、想う人の顔が鏡の中に現れるという伝説もある。ハート形の葉には、そんなロマンチックな美しい話が似合うのだろう。
また、カタバミの形は、家紋にもよく使われている。カタバミは繁殖力が非常に強く、一度根付くと根絶が難しいことから、子孫繁栄に通じ、武家の間で家が絶えず続くように願って家紋として好まれた。戦国大名では、長曾我部元親や酒井重忠などがカタバミの家紋を使っていた。 ちなみに、今太閤といわれた田中角栄の家紋も「剣片喰」という紋である。まさに、日本的な「雑草」にプラスの意味合いを込めた例だろう。
カタバミ |
カタバミ |
カタバミ |
レンガの間からカタバミ |
イモカタバミ |
イモカタバミ |
ムラサキカタバミ |
ムラサキカタバミ |
4.ハハコグサ
春の七草のひとつにゴギョウが入っているが、それがハハコグサのことである。ゴギョウは「御形」と書き、人形のことである。昔はひな祭りの時に、厄除けとして人形を川に流す、流し雛の風習があった。「御形」は、このひな祭りの古い風習に由来するという。
また、ハハコグサというのは、葉や茎が白い綿毛に覆われている姿を母親が子を包み込む姿に喩えたことに由来するという説もある。ひな祭りと関係が深く、葉に毛が密集していて、餅に混ぜると粘りがでることから、ひな祭りの菱餅の材料となっていた。しかし、母と子を臼と杵でつくのは縁起が良くないとして、次第に、明治のころから餅草はヨモギに代わっていったという。
ひな祭りという、女の子の健やかな成長と健康を願う行事に使われるハハコグサ、昔の人は、雑草にも素敵な名前を付けたものだ。
ハハコグサ |
ハハコグサ |
5.ムシトリナデシコ
ムシトリと付いているが、食虫植物ではなく、花の下の茎の部分に粘着質があり、そこに虫がくっつくことから名付けられた。英語では「Catchfly(キャッチフライ)」と、同じ意味になっている。もともと江戸時代にヨーロッパから入ってきた園芸種が、逃げ出して雑草化した。園芸上では「コマチソウ(小町草)」と美しい名前が付いている。確かに「虫取り」では、売れそうにない名前ではある。しかも、ナデシコというのは、花が小さく、色も愛すべきところから愛児に擬した「撫でし子」に由来するのだから、やはりかわいらしい名前が付けられたのだろう。ネーミングは大切だ。
ムシトリナデシコ |
ムシトリナデシコ |
ムシトリナデシコ・コンクリの隙間から |
6.ハルジオン
ハルジオンは漢字で書くと「春紫苑」で、秋に咲くシオン(紫苑)にちなんで、春に咲く紫苑ということから名付けられた。ハルジオンは、つぼみの時は下を向いてうなだれているようになっているが、やがてつぼみは立ち上がり、上を向いて花を咲かせる。まるで、落ち込んでいる人が何かを決意して力強く踏み出すように。そうした姿から、花言葉は「追憶の愛」となっていて、そのロマンチックな言葉の連想からか、J-POPなどの歌詞によく登場する。たとえば、松任谷由美「ハルジョオン・ヒメジョオン」、さだまさし「春女苑/デイジー」、乃木坂46「ハルジオンが咲く頃」など。なお、歌詞には「ハルジョオン」が多いが、植物名はハルジオンで、似た花にヒメジョオンがあり、こちらは「ジョオン」となる。
歌にも出てくるハルジオンだが、別名「貧乏草」ともいわれている。その由来は、根っこさえ残っていればまた生えてきて、手入れが回らない貧乏な家に咲く、とか、花を折ったり摘んだりすると貧乏になるとか、諸説あるようだ。いずれにしても、ハルジオンの生命力の強さによるものだが、それが状況次第では農作物の養分まで吸い取ってしまう危険があるという。
そんなハルジオンだが、キク科であることから、天ぷらなどにして食べることができるらしい、ちょっと苦味があるがおいしいとか?(食べたことはないので)。
このように、「追憶の愛」だけれども、「貧乏草」だとか、「農作物の養分まで吸い取る」けれど、「食べられる」とか、いってみれば毀誉褒貶の激しいハルジオンは、陰と陽を合わせ持った「雑草」の代表ともいえるだろう。
ハルジオン・うなだれている蕾 |
7.ハルノノゲシ
ノゲシは、葉が芥子(ケシ)に似ていて、春に咲くノゲシということからハルノノゲシと付けられた。秋に咲くアキノノゲシもある。タンポポ系の植物だが、草丈は1mほどにもなる大型の雑草である。花は茎が伸び切らないうちから先始め、綿毛は、タンポポのようにふんわり丸いものより小ぶりで、密にもっこりしている。
ケシと付くが、キク科の仲間で、やはり食べられるという。この植物は、「史前帰化植物」といわれ、古代日本に農耕文化が入ってきたころ一緒に入ってきたされることから在来種扱いされる。これに分類される植物として、カタバミ、ツユクサ、ヨモギ、ナズナ、ヒガンバナ、シャガなど数多い。こうした帰化植物のうち、江戸時代末期以前に大陸との交流で渡来したものを「旧帰化植物」、江戸時代末期以降に渡来したものを「新帰化植物」として区別される。幕末の西洋文化のインパクトは、植物の種類、分布にも大きな影響を与えている。
ハルノノゲシ・綿毛 |
8.コバンソウ
コバンソウは、それこそ古代にイネが入ってきたころ一緒に入ってきた史前帰化植物ではないかと思ってしまうが、実は明治時代にヨーロッパから鑑賞用に入ってきた新帰化植物だという。
コバンソウは、その名の通り「小判」の形をしていて、イネやムギなどと同じイネ科の仲間である。米俵に見立ててタワラムギとも呼ばれる。その姿から花言葉には「金持ち」「金満家」「熱狂」「こころ揺さぶる」などがある。
イネ科の植物なので、食べることもできるが、シリアルで食べるよりも、ドライフラワーとしてよく利用される。
コバンソウ |
9.マツヨイグサとユウゲショウ
マツヨイグサは夜に花を咲かせ、朝には枯れてしまうので、「宵を待つ草」からマツヨイグサ、ヨイマチグサなどと呼ばれる。マツヨイグサには何種類かあり、黄花を咲かせる系統は「マツヨイグサ」(待宵草)、白花を咲かせる系統は「ツキミソウ」(月見草)、赤花を咲かせる系統は「ユウゲショウ」(夕化粧)と呼んで区別している 。
「夕方、化粧したように咲く花」ことから夕化粧(ユウゲショウ)とは、なんとも洒落た名前を付けたものである。しかし、ひかえめで可愛らしい花のイメージとは裏腹に、花期は長く、根を地中に伸ばし、たくましい生命力を持っている。名前からすると夕方に咲くように思われるが、実際はほとんどが昼間から咲いており、夕方にはしぼんでしまうものもあるようだ。
マツヨイグサ |
ユウゲショウ |
10.ニワゼキショウ
ニワゼキショウはアヤメ科の一年草で、花の大きさは1センチ程度だが、気品ある赤紫、あるいは白の花を咲かせる。草丈も10cmと小さな草花である。葉の形がショウブ科のセキショウと似ていて、岩場に生えるセキショウに対して庭に生えていることから「庭石菖」と名付けられた。石菖蒲(セキショウ)は、太くてかたい根が、岩石に絡みついたようにして群生することから 「石を抱く菖蒲」ということから付けられた。
しかし、ニワゼキショウは、葉の形がセキショウに似ている以外は共通点はなく、セキショウは明治のころは鎮痛効果のある薬草として用いられていたが、次第に使われなくなり、「ニワゼキショウ」という名前のイメージ喚起力も衰えてしまった。 名前に頼りすぎたのかもしれないが、いずれにせよ、ネーミングが大切という例ともいえる。ちなみに、英名では「Blue eyed grass(青い目の草)」と呼ばれていて、こちらのほうがニワゼキショウの気品ある色、姿を表わしている。
ニワゼキショウ |
ニワゼキショウ |
11.オオイヌノフグリ
オオイヌノフグリは、イヌノフグリに似て、それより大きいことから名付けられた。そのイヌノフグリとは、犬の陰嚢を意味し、果実の形が雄犬の陰嚢に似ていることから付いた名前である。ただし、オオイヌノフグリの果実はハート型でフグリには似ていない。
オオイヌフグリは、明治の初めに日本に入ってきた新帰化植物で、牧野富太郎がお茶の水に植物採集に出かけたときに土手一面にコバルトブルーの花が咲いているのを見つけ、 これまでに知られていたイヌノフグリの近縁種で全体に大型であることからオオイヌノフグリと命名したという。
学名は、「Veronica persica」で、「聖女ヴェロニカ」の綴りと同じである。聖女ヴェロニカの伝説は、十字架を担ってゴルゴダの丘へ向かうキリストの顔に流れる血と汗をヴェロニカがふき取ったところ、その布にキリストの顔が浮かび上がる奇跡が起きたとされる。花の模様がキリストの顔に見えることからつけられた学名だという。
そんな学名を知ってか知らずか、牧野博士もイヌフグリに似ているとはいえ、大きい犬のフグリ(陰嚢)などと、無粋な名を付けたものだ。
オオイヌフグリの花をさらに大きくしたような、ネモフィラが今は人気となっている。ネモフィラ(Nemophila)は、ギリシア語で「小さな森」を意味する「nemos」と「愛する」を意味する「phileo」が語源で、ネモフィラの原種が、森の周辺にある明るい日だまりに生えることに由来する。また、日本での名前は、「瑠璃唐草」。花びらが瑠璃色をしていて、葉っぱが唐草模様に似ていることから名付けられた。ネモフィラが人気になったのもこのネーミングによるものか、というより、ひたち海浜公園など丘一面にコバルトブルーのネモフィラが咲く様子がメディアで紹介されたことによるのだろう。
オオイヌフグリ |
12.ムラサキツユクサ
ムラサキツユクサは、ツユクサが青い花なのに対し、ムラサキ色の花を付けることから名付けられた。ツユクサは、朝咲いた花が昼にはしぼんでしまうことが「朝露」を想わせることから「露草」と名付けられた。ツユクサは、「万葉集」にも詠われ、古くから知られる。ツユクサの花は、朝露のようにはかないものとして、ひとつの花は半日ほどしか咲かないが、花の後ろにある苞に蕾をいくつも持っていて、翌朝から、またその日限りの花を次々と咲かせていく。
ムラサキツユクサは、欧米では鑑賞用として人気があるそうだが、それ以外に特殊な能力として、ムラサキツユクサには、放射能感知能力があるという。ムラサキツユクサの青色の花のおしべにはたくさんの毛があり、その細胞の中の遺伝子が放射能被ばくすると突然変異を起こして、その色が青からピンクに変色することから放射性物質があることを知らせてくれるという。このことは国内外でも認められており、各地の原子力発電所に安全確認のため植えてあるそうだ。
ムラサキツユクサの花は、朝露のようにはかないというだけでなく、放射能感知というすごい能力も持っている。でも、雑草扱いになっているのは残念な気もする。
ムラサキツユクサ |
ムラサキツユクサ・花の後ろに次々に咲く蕾 |
13.ヒルガオ
ヒルガオはアサガオに似た花を朝から夕方しぼむまで昼間も咲いていることから、「昼の顔」という意味で名付けられた。日本には古くから自生しており、万葉集にも詠われ、また遣唐使が唐よりアサガオを持ち帰ったときに、アサガオに対する呼び名としてヒルガオと呼ばれるようになったともいわれている。
花言葉は、「絆」、「優しい愛情」、「情事」などがあり、ケッセルの書いた小説『昼顔』は映画化され、カトリーヌ・ドヌーブが「昼顔」という名の娼婦を演じ話題となった。
そんなあやしい連想もさせる昼顔だが、薬草として、利尿作用や糖尿病、高血圧予防に効果があるとされる。また、花、葉から地下茎まですべて食べられ、クセのない味だという。
昼顔にかぎらず、雑草にもいろいろな顔があるということだろう。
ヒルガオ |
14.ホタルブクロ
ホタルブクロは、袋状の花の形から、子供がそこにホタルを入れて遊んだことに由来するとか、提灯を意味する「火垂る(ほたる)袋」からとも言われている。そもそも提灯を意味する「火垂る」から虫の「蛍(ホタル)」となったといわれる。花の中へ蛍を閉じ込めると、その明かりが外へ透けて見えるというメルヘンチックな連想が生んだネーミングなのだろう。ホタルが飛び交う恋の季節は、ちょうどホタルブクロの花が咲く季節でもあり、そろそろ梅雨に入る時期になる。
英名では「Spotted bellflower」と呼ばれ、教会の鐘を連想させる花姿から付けられたとされる。花につけられた名前からも、西洋の文化との違いが浮き出てくるようだ。
ホタルブクロ |
15.キショウブ
キショウブは、明治のころから栽培されていたものが水辺などに逃げ出し、野生化している。観賞用に栽培されているハナショウブ(花菖蒲)には、黄色系の色がなく、その貴重性から栽培されたが、逸出して、川べりや水路などに大群落を形成し、取水や通路障害を起こす危険や、吸肥力も強いことから他の水辺の植生を駆逐してしまう恐れがあるして、「要注意外来生物」となっている。
日本に古来からあるショウブ(菖蒲)は、漢名の菖蒲から来ているが、中国では「菖蒲」は近縁種で小型のセキショウを指し、正しくは「白菖」と書く。
ショウブはいまでも端午の節句に使う風習があるが、これは古代中国に由来する 。ショウブが端午の節句に使われたのは、薬草効果により子供の身体の健康を高めるのが狙いであったが、ショウブという名が「尚武(武事を尊ぶこと)」や「勝負」に通じ、また、尖った葉が剣の形に似るとして、武家の間で男子の成長を祈念する形になったとされる。 なお、端午の節句や菖蒲湯に使うショウブは、花を付ける菖蒲とは異なり、区別するためハナショウブ(花菖蒲)といわれる。
また、ややこしいのが、ハナショウブ、アヤメ、カキツバタの違いである。アヤメは、黄色と紫の綾目(あやめ)模様があり、これが名前の由来になっている。かつては本種をショウブと呼んだことから漢字表記は「菖蒲」とも書くので混乱しやすい。また、カキツバタという名は、「書付け花」が転訛したもので、奈良時代にこの花の汁を使って衣服を染めたことに由来する。
「いずれ あやめか かきつばた」という慣用句もあるくらい、アヤメ(菖蒲また綾目など)もカキツバタ(杜若)、そしてハナショウブ(花菖蒲)も甲乙つけがたい美しい花として観賞される。しかし、外来種のキショウブは、花の黄色という貴重性はあるものの、その扱いには注意が必要とされる。それも雑草の生命力の強さによるものなのか。
キショウブ |
キショウブ・川に繁殖 |
キショウブ |
16.カラー(オランダカイウ)
カラーは、園芸植物として通り名となっているが、カラー(calla)という名前は、ギリシャ語のカロス(美しいの意)に由来し、カトリックの尼僧の白い衿に似ていることからつけられた。
日本には、江戸時代後期に渡来し、オランダカイウ(和蘭海芋)と呼ばれた。交易のあったオランダから持ち込まれ、根の形がイモに似ていることから、海外の芋という意味で「海芋(カイウ)」と呼ばれるよう になった。
サトイモ科であり、白いラッパ状の苞は仏炎苞といわれ、中心にある黄色い棒状の部分が花である。キショウブと同じように、園芸種が逸出して水路などで野生化しているが、まだ要注意外来生物とはなっていないようだ。しかし、水路に繁茂している大きな白いカラーは目立つだけでなく、違和感がある。
カラー(オランダカイウ) |
カラー(オランダカイウ)・川べりに繁殖 |
ここにとりあげた草花は、多くは雑草と呼ばれますが、それぞれの名前には、歴史や文化が込められています。また、これらの雑草は、「望まれないところに生え」、踏まれても、抜かれても力強く生き抜くといった性質を持っていることから、雑草は強いというイメージがあります。しかし、植物学の分野では、雑草は、むしろ弱い植物であるとされています。では、弱い植物である雑草が、どうして強く生きているのでしょうか。それは雑草は競争に弱いということから、強い植物とは競争しないという戦略をとっているからです。つまり、強い植物が生える場所を避けて、日陰や道端の隅、ブロックの間とか条件の悪い場所を選び、そうした過酷な環境に適用できるように自らを変化させ、地面に這いつくばるように低く生え、花も小さくして生き延びています。そうした弱いからこそ、強く生きるという雑草から学ぶことも多いように思います。
参考:
『雑草が教えてくれる日本文化史』稲垣栄洋 A&F 2017年
『花と草の物語手帳』 稲垣栄洋 大和書房 2022年
木の間に生える雑草 |
ハチのフィギュア・子供の忘れ物? |
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