2023年10月10日火曜日

東京異空間146:芸術の秋にⅠ~「杉本博司 本歌取り 東下り」@渋谷区立松濤美術館

 

「杉本博司 本歌取り 東下り」展@渋谷区立松濤美術館

10月に入り、一気に秋らしくなりました。10月には、興味ある美術展も多く開かれます。

まずは、「杉本博司 本歌取り 東下り」展が渋谷区立松濤美術館で開催されています。

会期は11月12日まで(前期は10月15日まで)。

杉本博司の新作を含め、写真、書、工芸、建築、芸能、古物蒐集と多岐にわたる杉本ワールドを見渡すことができる展覧会となっています。

1.本歌取り 東下り

今回の展覧会のテーマである「本歌取り」とは、 本来、和歌の作成技法のひとつで、有名な古歌(本歌)の一部を意識的に自作に取り入れ、そのうえに新たな時代精神やオリジナリティを加味して歌を作る手法のこと。作者は本歌と向き合い、理解を深めたうえで、本歌取りの決まりごとの中で本歌と比肩する、あるいはそれを超える歌を作ることが求められる。

杉本は、この和歌の伝統技法「本歌取り」を日本文化の本質的営みと捉え、自身の作品制作に援用し、2022年には「姫路市立美術館でこのコンセプトのもとに「本歌取り」展として作品を集結させた。今回は、東国である東京・渋谷の地で新たな展開を迎えることから、「本歌取り 東下り」と題された。

会場の入り口を入ると、大きな八曲一双の屏風が展示されている。これは姫路美術館で発表された「狩野永徳筆 安土城図屏風 想像屏風風 姫路城図」という作品である。安士城の築城から四半世紀も経たないうちに建て始められた姫路城は、おそらく同じスケール感で建てられたと考えた杉本は、狩野永徳の描いたとされる《安士城図屏風》を本歌として想像し、姫路城の姿を八曲屏風に仕立てたという。 また、杉本は、織田信長が狩野永徳に描かせ、天正少年使節からローマ教皇グレゴリウス十三世に献上したとされる《安土城図屏風》を長年に亘って探しているという。この作品に、まさに歴史ロマンを求めているのだろう。

いっぽう、葛飾北斎作《富嶽三十六景 凱風快晴》(通称:赤富士)を本歌とした六曲一双の「富士山図屏風」という新作が横に置かれ、これが今回の<東下り>に当たる。

北斎が富士を眺めた場所の一つとされる山梨県三ツ峠山の山頂にカメラを据え、数センチずつアングルを動かしながら撮影したものだという。北斎の<凱風快晴>のように富士山の稜線は急勾配になるよう誇張されており、実際の街の明かりや遠景のビル、高速道路などは消され、北斎が実際に見たであろう当時の風景を本歌取りし、「再現」している。雲海もあいまって富士山の姿 が神々しい。

もう一つの屏風は、やはり2022年に春日大赦の春日若宮が御造替が行われることと、杉本が建設した江之浦測候所に春日大社から御祭神を勧請し、「甘橘山 春日社」を創建したことを記念して制作された「春日大社藤棚図屏風」である。こちらの作品も、春日大社の霊木である「砂ずりの藤」が神々しい。

展示入口

「狩野永徳筆安土城図屏風想像屏風風姫路城」

「狩野永徳筆 安土城図屏風 想像屏風風 姫路城図」

「富士山図屏風」

「富士山図屏風」

「富士山図屏風」

「狩野永徳筆 安土城図屏風 想像屏風風 姫路城図」、「富士山図屏風」

「春日大社藤棚図屏風」

「春日大社藤棚図屏風」、手前は「法師物語絵巻」
*11月9日再訪した際の追加
*「富士山図屏風」

*「富士山図屏風」

*「春日大社藤棚図屏風」

2.杉本博司と白井晟一

2022年に杉本の新作を含む「本歌取り」展が姫路私立美術館で開かれたのは、安土城を本歌として姫路城を撮影した屏風を制作したことによるところが大きいと思うが、もうひとつ、杉本の母の出身地が兵庫県高砂市であり、幕末維新の時期に、姫路藩の儒学者の先祖を持つ縁に因るのではないだろうか。それに対し、東下りとして、今回の本歌取り展が渋谷の松濤美術館で開催されたのは、杉本がこの美術館の設計者である白井晟一を敬愛しており、白井の書「瀉嘆」(吐くほどに嘆く、悲しむという意味)を所蔵していて、これを展示していること、また、白井が晩年に設計した邸宅「桂花の舎」(その模型が展示されている)は、今後、小田原・江之浦測候所にある「甘橘山」(かんきつざん)に移築されることの縁に因るのだろう。白井が生きていたら、と自身に問いながら行うという移築作業は、杉本にとって白井建築を本歌とした「本歌取り」といえるものだという。

白井晟一(19051983)は京都で生まれ、ドイツで哲学を学ぶなど異色の経歴をもつ建築家で、「親和銀行本店(長崎)」、「ノアビル(東京)」、「芹沢銈介美術館(静岡)」、「渋谷区立松濤美術館」などを設計し、そのユニークなスタイルから<哲学の建築家>とも評されている。
一方で、建築以外の分野でも才能を発揮し、中公新書」の書籍装丁多くの装丁デザインを手がけ、「中公新書」や「中公文庫」のカバーを外した時に現れる鳥が描かれた装丁は、白井がデザインしたものある。また著作や、書家としての活動など、建築の枠組みを超え、形や空間に対する思索を続けた。

松濤美術館は、白井晟一の設計による建築空間であり、建物は、まるで大きな井戸のように中央が吹き抜けになっており、地下には噴水が設けられている。展示空間には柔らかい自然光が入るような工夫が凝らされているが、これまでの通常の展示では作品の保護のため自然光が入らないようにしていた。今回の展示においてはそれを取り払い、自然光のなかで展示されている。曲線が美しく造られることにこだわり抜いたという設計は、先に述べた井戸のような吹き抜け、また、大きな楕円形の窓や、展示室を結ぶ螺旋階段にも表わされ、その壁面の照明も白井のデザインである。また、建物の入り口の屋根なども楕円形の曲線が取り入れられ、建物の外側壁面の赤みを帯びた花崗岩は、白井自らが韓国から輸入して「紅雲石(こううんせき)」と命名したもの を使用し、美しく造られている。

*白井晟一の書「瀉嘆」

白井晟一の書「瀉嘆」、手前に置かれているのはシュメール朝時代の「楔形文字」

白井晟一の書「瀉嘆」、「カルフォルニア コンドル」

「桂花の舎」移築案模型

自然光を取り入れた展示室、展示品は「フォトジェネック・ドローイング」

吹き抜けの天井

途中に架けられているブリッジ

地下の噴水

地下の水

楕円形の窓

楕円形の窓

水の反射光が映る入口の壁

螺旋階段

階段の照明

吹き抜けの周り

水の反射光

水の反射光

ブラインド

ブラインド

ブラインドの光

正面入口の楕円形の屋根

正面入口

紅雲石

脇に置かれた水飲み場

*11月9日再訪による追加

*正面入口の楕円形の屋根

*吹き抜けの天井

*吹き抜けの天井と橋


美術館は、美術館としてはこじんまりと造られ、松濤という高級住宅街の雰囲気を壊すことなく、静かな佇まいである。美術館周辺にも、しゃれた建物が並んでいる。

松濤のマンション





松濤文化村ストリート

まずは、杉本の<本歌取り>である屏風と、建築家白井晟一と杉本の関わりをとり上げましたが、展示されている作品は、まだまだ興味深い作品が多くあります。このあと、それを別に整理していきたいと思います。

参考:

『影老日記』杉本博司 新潮社 2022年

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