2023年10月11日水曜日

東京異空間147:芸術の秋にⅡ~杉本博司「絵巻・能・習合」

「Noh Climax」

先に「杉本博司 本歌取り 東下り」展のうち、「安土城=姫路城」、「富士山」、「春日大社」の3点の屏風と白井晟一の設計による松濤美術館を主にとりあげましたが、今回は、杉本の作品の内、「法師物語絵巻」と「能」、そして「歴史の歴史 東西習合」を見てみたいと思います。

1.法師物語絵巻

杉本は、結婚後、ニューヨークで日本の古民芸を扱う店を「MINGEI」という名で始めた。これがヒットして、自ら日本の古美術を買い集めたことが切っ掛けとなり、古美術商となり、古美術に開眼し、多くの古美術品を自らの作品にも取り入れるようになった。

今回展示されている「法師物語絵巻」もその一つである。 この8メートルに及ぶ全場面が一挙に公開されている。

手前が8メートルに及ぶ全場面

この作品は近年発見された室町時代の絵巻で、江戸時代には尾張徳川家の蔵品であったことが判明している。和尚と小法師を主人公とする9つの説話が描かれ、どれも和尚が揶揄される内容である。ただ、通常の絵巻とは異なり、詞書がなく、絵と画中詞のみで構成されている。作品のキャプションをたよりに、物語のいくつかを読んでみる。

第2場面「白茄子」

卵を白茄子と言いくるめられた小法師は、明け方に鳥が鳴くと「白茄子の親が鳴きました」といって和尚を起こす。

第2場面「白茄子」

第2場面「白茄子」

第4場面「指合図 」

炊く米の量をいつも小法師に指で細かく指示していた締り屋の和尚。ある日、指示しているときに転んでしまい、両手両足のすべての指を開いてしまう。

それを見た小法師は、大量に米を炊く。棚には、てんこ盛りの白いご飯が17、さらに小法師は、まだご飯を盛っている。

第4場面「指合図 」

第4場面「指合図 」

第5場面「馬の落し物 」

和尚から「道に落ちているものを拾うな、ただ踏みつけろ」と言われた小法師は、落馬した和尚を、遠慮なく踏みつける。

第5場面「馬の落し物 」

第7場面「死に薬 」

和尚の香の粉(麦こがし)を欲しがった小法師は、これは<死に薬>だと言いくるめられる。ある日、和尚が大切にしている鉢をわざとってしまい、和尚に対し、「その償いに例の薬をたくさん食べてみたがに死ねない」と泣いてみせる

第7場面「死に薬 」


第8場面「鮎は剃刀」

和尚は勝った白干の鮎を紙で包み、これは剃刀だといって小法師に預けた。小法師は川を渡るとき、鮎が遡るのを見て、「生きた剃刀がのぼってくるのに気をつけて」と和尚に言い、行き交う人は笑う。

第8場面「鮎は剃刀」

第8場面「鮎は剃刀」

一休さんのとんち話にも通じるような和尚と小法師のやり取りは、描かれた絵とともに、なかなか面白いものがある。

この絵巻に描かれた物語の一場面「死に薬」が、狂言演目「附子(ぶす)」に酷似していることから、杉本はこの絵巻を「附子」の本歌と捉えた。

なお、この絵巻は、2017年に開催された「絵巻マニア列伝」@サントリー美術館にも出品されていた。

2.能・狂言

そして「芸能における本歌取り」として、家の主人と太郎冠者、次郎冠者を和尚と二人の小法師に置き換えて演じる狂言に取り組んだ。これは、119日に「杉本狂言 本歌取り『法師物語絵巻 死に薬~「附子」より』『茸(くさびら)』」として、渋谷区文化総合センター大和田 さくらホールで開催される 。

こうした杉本の芸能での取り組みとして、姫路で公演された「Noh Climax 翁神男女狂鬼」のダイジェスト版が動画で、美術館のコーナーでも映し出されていた。

「Noh Climax」


「Noh Climax」

「Noh Climax」

「Noh Climax」

「Noh Climax」

「Noh Climax」

「Noh Climax」

「Noh Climax」

古作面 児屋根命

駄洒落?

*11月9日再訪による追加













3.歴史の歴史 東西習合

杉本は、今回は「本歌取り」をテーマとした展覧会を開催したが、これまでは自ら収集した古美術品と写真を併合した作品を「歴史の歴史」として展覧会を開催してきている。そのひとつでもある「東西習合」が展示されていた。

これは鎌倉時代の古美術品である「五髻文殊菩薩像」という 五髻の上に5つの円相が重ねられ、それぞれ仏が描かれている図である。

この像は文殊菩薩の本仏とされるが、杉本は歴史的人物を垂迹諸尊として、左から、スターリン、シャルル・ド・ゴール、マッカーサー、ビスマルク、ダーウィン、マルクス、ニコライ二世、トロッキー、チャーチル、マルセル・デュシャンといった10人の肖像画を加えている。

さらに、その上に舎利容器に納められ杉本の代表的写真である「海景」を嵌め込んだ「時間の矢」が置かれている。 そして、この作品を「東西習合」と名付けており、これは、もちろん<神仏習合>を前提にしたものであろう。この作品から、「書かれた歴史と書かれなかった歴史、それからもうひとつ、これから描かれる歴史がある 」という杉本のテーマである「歴史の歴史」を読み取ることができる。

なお、岩波書店が出しているPR誌『図書』(2022年1月号から)の表紙に杉本による歴史的人物の肖像画が同じように使われている。これは蝋人形を撮影したもののようだ。

「五髻文殊菩薩像」

「五髻文殊菩薩像」五髻の上に5つの円相

「五髻文殊菩薩像」

左から、スターリン、シャルル・ド・ゴール、マッカーサー、ビスマルク、ダーウィン

マルクス、ニコライ二世、トロッキー、チャーチル、マルセル・デュシャン

「五髻文殊菩薩像」の上部にある人物像

「時間の矢」
*11月9日再訪による追加

*「五髻文殊菩薩像」

*「五髻文殊菩薩像」

*「五髻文殊菩薩像」

*「五髻文殊菩薩像」・蓮座

*「五髻文殊菩薩像」・蓮座

*「時間の矢」


今回は、絵巻から狂言、能といった芸能における本歌取りの作品と、古美術のコレクションと併合した作品、「歴史の歴史 東西習合」をとりあげてみました。展覧会は、さらに「時間・歴史・人間の意識」をテーマとする杉本芸術の壮大な世界観を提示する内容になっています。

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