2023年10月14日土曜日

東京異空間148:芸術の秋にⅢ~ 杉本博司 屏風・表装

 

安土城想像姫路城図屏風 八曲一双

杉本博司展のうち、「本歌取り」としての屏風、絵巻などについてみてきましたが、さらに写真を絵画化し、さらに屏風屋掛軸に表装し、そこに自ら収集した古美術品を置くことで、時間・空間を超えていく杉本ワールドともいえる現代美術の世界を見ていきたいと思います。

1.屏風

先に本歌取りの屏風として、安土城想像姫路城図屏風、富士山図屏風、春日大社藤棚図屏風の三点をみたが、これらは、実際の姫路城、富士山、春日大社の写真をもとに、それを屏風に仕立てることにより、絵画化している。

これらの写真は、杉本がこれまでこだわって使っていた銀塩写真の大判カメラではなく、デジタルカメラを使って、パノラマ撮影をし、少しずつアングルを動かしながらパノラマ撮影をして、何百枚もの画像データをつなげ、ひずみをとり、スムーズにつながるようにしている。何枚もの撮影をすれば、その時々で光の具合も変わるが、それらを修正していいところだけをつないで一枚にしている。また、富士山などは、北斎の「凱風快晴」のように稜線を急勾配になるように誇張したり、ふもとに見えるはずの明かりや高速道路などを消したりしている。

つまり、実際には、こういう景色は存在していないのであり、「写真」はいわば「偽」(あるいは「嘘」)を写して、求める「真」を写しているといえる。こうした「写真」を、和紙にプリントし、それを屏風に仕立てることによって、「写真」が絵画化され、まさに本歌取りの「日本画」となっている。

安土城想像姫路城図屏風 八曲一隻

富士山図屏風 六曲一隻

富士山図屏風 六曲一隻

富士山図屏風 六曲一隻

春日大社藤棚図屏風 六曲一隻
*11月9日再訪による追加
*富士山図屏風

*富士山図屏風

*春日大社藤棚図屏風


2.杉本表装

写真を絵画化した屏風をみたが、同じように、写真を表装し、部屋の床の間、茶室にも飾れるような掛け軸に仕上げている。

(1)「華厳滝図」

それを最初に試みた作品が、「華厳滝図」である。杉本は華厳の滝を撮影した時のことを次のように語っている。

「その日は霧が降っていて瀑布の轟音が響き渡るだけで、その姿は見えなかった。私は木製暗箱カメラをその轟音に向けた。すると一瞬、霧と霧の間があり、滝が見えたそれは数秒のことで、私はシャッターを急いで切った。それは私にとってご神体が顕現したとしか思えない神秘的な一瞬であった。」

撮影は1977年に行われたが、2005年にこの写真を石版画技法で紙に転写(リトグラフ化)し、軸装にしている。これによって、写真が絵画化、日本画化され、まるで水墨画の一幅となり、その掛軸は、茶会で披露された。

今回の展示では、この軸の前に「三鈷剣」という本来、不動明王が持つ、魔を退散させると同時に人々の煩悩や因縁を断ち切る剣を置く。この剣は鎌倉時代の作だが、剣の敷板には、唐招提寺に伝来した天平時代の春日杉の古材台が使われている。

このように、杉本の蒐集した古美術品と組み合わせて展示し、写真を撮った時間軸と掛け軸のもつ時間軸、さらに三鈷剣のもつ時間軸、その蓮座の時間軸と、古代から現代までのすべての時間軸を昇華させる作品となっている。

ちなみに、華厳の滝は、、仏教の経典の一つ「華厳経」からその名がつけられたとされる。華厳経は、時間も空間も超越した絶対的な存在としての仏という存在について説いた経典であり、その仏は「毘盧遮那仏」とされる。唐招提寺はこの毘盧遮那仏が本尊である。 毘盧舎那仏は、真言宗の本尊たる大日如来と概念的に同一の仏 であり、密教の不動明王持つ三鈷剣につなる、というように、写真、掛軸、剣、蓮座といったすべてが関連付けられている作品でもある。

華厳滝図 三鈷剣 蓮座

華厳滝図 三鈷剣

三鈷剣・蓮坐

*11月9日の再訪による追加
*華厳滝図 三鈷剣

*華厳滝図 三鈷剣

*華厳滝図 三鈷剣

(2)「カルフォルニア・コンドル」

軸装にされた杉本の代表的作品の一つ「カルフォルニア・コンドル」が展示されている。

「カリフォルニア・コンドル」は、1994年にサンフランシスコのカリフォルニア科学アカデミーで撮影した剥製ジオラマの写真をのちにリトグラフ化し、軸装した作品である。この写真も剥製といういわば「偽(嘘)」を写して「真」を捉えた作品といえる。この「本歌」が、伝 牧谿の《松樹叭々鳥図》である。

杉本は、カルフォルニア・コンドルを撮影したときのことを次のように語る。

「ジオラマのコンドルを撮影する時に、頭の中には《松樹叭々鳥図》がありました。そして同じく牧谿の《瀟湘八景図》のトーンで撮りたいと考えたのです。そのためには露出はアンダーで撮影し、現像の時はコントラストを弱めに、しかしながら鳥の黒い濡れ羽色は再現しなければならない。そういうファクターが全部頭の中にあって撮影し、現像するわけです。」

中国宋時代の画家である牧谿の水墨画技法を撮影にとりいれたわけだが、写真ももちろん光をどうとらえるか、であり、いっぽう牧谿の光は「気の光」といわれるように、空間そのものが光となっ ている。それを軸装にすることにより、写真の鳥は、剥製のコンドルだが、牧谿の叭々鳥と同じような空間が描かれる。

また、この掛軸の下に置かれているのは、「厘細録 ブロークン・ミリメーター」というもの。古墳の石棺に葬られた人物の首飾りだった管玉を使用して制作されものだという。ただ、タイトルの「ブロークン・ミリメーター」というのは、アメリカの彫刻家でミュージシャンでもあるウォルター・デ・マリア1935-2013年)の「ブロークン・キロメーター」1979年)をひねっているようだ。「ブロークン・キロメーター」というのは、ビルの一室に2メートルの棒500本(全部つなぐと1キロメーターになる)を横たえたインスタレーションである 。日本では直島のベンネッセハウスにウォルター・デ・マリアのインスタレーションが常設されている。

杉本は、「高尚なアートは洗練された “駄洒落”だ」 と言っている。なお、杉本の父親は「三遊亭歌幸」という落語家でもあったという。

カルフォルニア・コンドル
カルフォルニア・コンドル
伝 牧谿《松樹叭々鳥図》

カルフォルニア・コンドルの軸の下に「厘細録 ブロークン・ミリメーター」


「厘細録 ブロークン・ミリメーター」

*11月9日再訪による追加
*「カルフォルニア・コンドル」

*「厘細録 ブロークン・ミリメーター」

(3)「Myologie

Myologie」とは、「筋学」と訳され、解剖学のうち、運動器系における筋肉についての学問である。これを描いたジャック・ファビアン・ゴーティエ・ダゴティ(1716–1785)は、フランスの解剖学者、画家、版画家である。医学的な解剖図を美術絵画にまで高めている。それを軸装して、西洋絵画を日本絵画化することによって、もう一段、不気味感が増している。

Myologie完全版』より左から頭部、顔と首の筋肉、右側の顔と首の筋肉

(4)「十一牛図」

西洋の解剖図の軸装に対し、江戸時代の禅画の軸装が掛けられている。

太田南畝(蜀山人1749-1823年)の狂歌「なげつけてみよ 素麺のゆでかげん まるの のの字の なるかならぬか」と書かれた円相の図に、まわりに十牛図を配置して、軸装した作品で、「十一牛図」としゃれている。

十牛図は、悟りに至る10の段階を10枚の図で表したもので、牛を見失った牧人が再び牛を見つけ出し、野生に戻っていたその牛を牧いながら、牛と一体となっていき、さらにそれをも超えてゆく。牛は「真の自己」を、牧人は真の自己を求める姿を表わしている。

いっぽう、円相とは禅における書画のひとつで、図形の丸を一筆で描いたもの 。大田南畝は、悟りの境地である円相を素麺に喩え、禅の境地を揶揄している。

十一牛図

太田南畝「円相」と狂歌

十牛図

十牛図

十牛図

*11月9日再訪による追加
*「十牛図」

*「十牛図」

*「十牛図」

*「十牛図」

(5)「十牛図」

この作品とは別に、アメリカの前衛音楽家、ジョン・ケージがペーパータオルに描いた水彩画が10枚展示されているが、これは、禅に影響を受けていたジョン・ケージが関心を持っていた禅の公案「十牛図」に則り、描いたものだという。ジョン・ケージ(1912-1992)は、アメリカの音楽家、詩人、思想家で、前衛芸術全体に影響を与えた。その彼に影響を与えたのは、禅の教えを世界に広めた鈴木大拙(1870-1966)だという。大拙の禅の教えは、正真正銘、現代芸術の一つの源泉でもあったということだ。

このように、杉本は、自身の作品や古今東西の蒐集品を、古裂を用い軸装に仕立てることで、時空を超えた新たな美術作品としている。こうした作品は「杉本表具」と呼ばれている。

ジョン・ケージ「十牛図」
ジョン・ケージ「十牛図」

今回見てきた屏風や杉本表具とともに、その下に杉本が収集した古美術品を組み合わせて置くという展示は、2003年の「歴史の歴史」展から行ってきた。「歴史の歴史」とは、杉本が収集 してきた古今東西の考古物、美術作品、「マテリ アル・カルチャー」と自身の写真作品を、自ら関連づけ、編集、構成する展覧会、表現活動であ り、杉本ワールドのひとつである。 こうした作品、さらに書や形(器)などを、次回以降に観ていくこととする。

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