ヴィシュヌとラクシュミ |
ヴィシュヌとラクシュミ |
日本絵画はもちろんですが、西洋絵画も多くの美術館で観ることができます。しかし、インド絵画というのはほとんど観る機会がありません。そのインド細密画(ミニアチュール)が府中市美術館で開催されています。(会期は11月26日まで)
1.インド細密画
インド細密画は、16世紀後半から19世紀半ばに、ムガル帝国やラージプト諸国の宮廷で楽しまれた「宮廷絵画」である。一辺20センチ程の小さな画面には、ファンタスティックな神話や叙事詩の世界から、豪華な衣装に身を包んだ王の肖像やしなやかなポーズの女性たちが、繊細な筆で描かれている。あえて小さな画面に描かれたのは、「見る人と絵が一対一で対話をする」という考え方があったからだという。絵と静かに向き合い、対話を重ねることは、魂を清める行為でもあったと言われる。
会場は、インド細密画を4つのテーマを中心にして展示している。
(1)音色を絵にする
細密画のなかでも音楽は大切なテーマとなっている。宮廷では、季節や時間にふさわしい曲が演奏されたが、それぞれの曲の旋律の型、音色そのものを絵画化したものがラーガマーラ(楽曲絵)と呼ばれる。日本や西洋にはないインドならではの伝統である。
楽器を持つ女 |
(2)愛の絵画
「愛」を芸術のテーマとするのは、インドに限ったことではないが、インドには古代から愛を語る文学の深い伝統があった。さらにヒンドゥー教では、恋人を愛するように神を深く慕うことを尊ぶ信仰も生まれた。そのため、神々の愛の物語、人間の世界の愛など、愛のテーマの数々が絵画を彩った。
宮廷のクリシュナ |
憩うクリシュナとラーダ |
(3)インドの神々と英雄
インド神話や叙事詩に登場する、ヴィシュヌやシヴァといったヒンドゥー教の神々、ラーマ王子やハヌマーンといった英雄は、細密画の中心的モチーフであった。これらは仏教を通じて日本にも伝わり、ヴィシュヌは馬頭観音、シヴァは大黒天となり、叙事詩「ラーマーヤーナー」は桃太郎物語の起源といわれている。
ヴィシュヌとラクシュミ |
ヒマラヤの薬草山を持ち帰る猿の国の戦士ハヌマーン |
神々を礼拝するマーン・シング王 |
(4)色彩と線の美しさ
インド絵画では西洋絵画のようにリアルに描写することはなく、色彩や線描といった造形の美しさを重視した。インドの画家たちは、あえて濃淡や陰影をつけず、色の美しさを生かそうとした。そのため、絵具は高価な鉱物(宝石)を原料として使い、 赤であればルビーやガーネットから、緑はエメラルド、青はサファイアといったように多種多様な色を生み出した。
神の出現 |
ポーズをする女 |
貴族の肖像 |
2.インド絵画と仏教
日本では、インド絵画を観る機会はほとんどない、といったが、これは、明治以降の西洋絵画偏重によることが大きいとされる。また、インド絵画に影響を受けた日本の絵画、画家も少ない。ただ、竹内栖鳳、橋本関雪、堂本印象など京都画壇の画家には影響を与えたとされる。栖鳳や関雪はインド細密画をコレクションしていた。
しかし、インド絵画という枠を広げ「インド美術」と、そして時代も日本の古代まで遡ると、仏教を通じて大きな影響を受けてきている。例えば、アジャンター石窟に描かれた壁画は、法隆寺の壁画に大きな影響をを与えているとされる。また、絵画のみならず彫刻でいえば、仏像の起源はガンダーラ地方であり、中国を経由して。日本では多くの仏像がつくられた。また、仏教美術のみならず、ヒンドゥー教の神々も取り入れられ、帝釈天(インドラ、雷の神)、吉祥天(ラクシュミー、福徳の神)、弁財天(サラスヴァティー、河の神、音楽の神)、阿修羅(アスラ、悪鬼)などにそれぞれ変身している。
このように、インド美術は、日本の文化にも大きな影響を与えてきている。日本でも西洋でもない、インド神話やヒンドゥー教など、背景が異なる文化の作品は新鮮に映る。
なお、この展覧会に展示されているインド細密画は畠中光亨のコレクションである。畠中光亨(1947-)は日本画家であるが、インドから日本に至る仏教の展開に造詣が深く、作品もインドの風俗、仏伝、など仏教を題材としたものが多い。また、インド細密画や染織品のコレクターとして知られている。畠中氏は、2018年、奈良・興福寺の中金堂の再建に合わせ、内陣にある法相柱に法相宗の祖師を描いた 14枚の柱絵を描いている。
参考:
『インド宮廷絵画』畠中光亨 京都書院 1994年
府中市美術館 |
府中市美術館 |
〇春木南溟(なんめい1795-1878)「虫合戦図」
南溟は、土佐藩主・山内容堂、福井藩主松平春嶽など有力なパトロンを得ている。山水・花鳥画を得意とし、展示されている「虫合戦図」は、朝顔の陣地ではセミやハチがカタツムリ陣地のカマキリ、カブトムシなどと戦うという、当時の緊張した外国船との合戦図を描いている。
春木南溟「虫合戦図」 |
〇長澤蘆洲(1767-1847)「徳利を持つ狸図」
名前からわかるように、長澤蘆雪の弟子である。画風は人物、花鳥画を良くし、蘆雪ゆずりの画法は受け継ぎつつも穏やかにまとめている。
〇卍斎一昇(まんじさい いっしょう 生没年不詳)「狼退治図」
卍斎一昇は、葛飾北斎晩年の門人で、文化から文政ごろの浮世絵師だが、肉筆画が知られている。画風は北斎に似る。「狼退治図」に描かれた狼はニホンオオカミだとされる。
府中市美術館は、ユニークな展覧会を企画し、また司馬江漢や亜欧堂田善などユニークなコレクションをも有しているので、何回となく行っています。今回は、日本絵画ではなく、「インド細密画」ということで、小さな作品ですが、美しい絵を観ることが出来ました。
なお、前回の@府中市美術館は「東京異空間107:江戸絵画を観る」(2023/5/3)に取り上げています。
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