19.森靖(1983-)
森は、木を主たる素材として、古典彫刻からマリリン・モンローなどポップアイコンまで、様々なイメージをモチーフとして、卓越した技術をもって躍動的な人物像を制作する。
《Jamboree-E.P》2014
一目でエルビス・プレスリーをモデルにしたとわかる巨大な人物像である。高さ4mにも及ぶ。先に見た6.西尾康之の《Crash セイラ・マス》を観たときと同じように驚きを覚える。ダイナミックな構図はもちろんだが、毛髪や血管など細部まで彫り込まれ、圧倒的リアリティを放つ。スケールやポーズからすると大仏を彷彿とさせるが、よく見れば大きな乳房があり、エルビス・プレスリーという男性性から雌雄同体という性への転換を迫ることにより、様々な象徴性にとらわれる観念を解放する。森は次のように、この作品について語っている。
「《Jamboree – E.P》は震災以降に制作した作品です。震災前は頭部のみのエルヴィスを制作しておりましたが、その後、時代も含めて作品になっていないなぁという自身の感覚から、どんどんと身体が増殖していき、全身像となり、現在のカタチとなりました。そして、4年の歳月をかけ、雌雄同体のエルヴィスを制作、完成させました。巨大な木彫像、手を挙げたその姿は、ブディズムな像を連想すると思いますが、様々な象徴性のあるエルヴィスに様々なモチーフを掛け合わせる事で、その象徴性の意味を曖昧にしようとしています。 」
20.Chim↑Pom from Smappa!Group
Chim↑Pomはゲリラ的な行動により様々な「現場」に入り込み、日常性から社会的メッセージを訴えかけるような作品を制作している。『芸術実行犯』というタイトルの書籍も出している。
Chim↑Pomは、2005年、会田誠を通して知り合った6人のメンバーにより、東京で結成された空間芸術のアーティスト集団。なお、森美術館での個展の開催に当たり、2022年4月27日をもって、Chim↑Pom from Smappa!Groupへと改名している。
《ヒロシマの空をピカッとさせる》2009
広島・原爆ドームの上空に、飛行機雲で「ピカッ」という文字を描いた作品。広島の風景に漫画のひとコマのような擬態語を描き、ゆっくりと消えていく様子に記憶の風化を重ねることで、戦後日本の平和に対する現代的な歴史観を映し出している。
この作品は、2008年10月、軽飛行機をチャーターして広島市の上空に飛行機雲で「ピカッ」という文字を5回描き、平和記念公園などからメンバーが撮影した。原爆被害者を冒涜する行為として報道が過熱し謝罪会見に発展した。
別の日に行った松濤美術館の「空の発見」という展覧会でも、Chim↑Pomの作品を観た。《BLACK OF DEATH 》と題するビデオ作品である。カラス剥製を持ち、カラスの鳴き声をスピーカーで流しながら車を走らせ、カラスの群れを、国会議事堂前などに集めた様子をビデオにまとめた作品、衝撃的な作品であった。
21.三瀬夏之介(1973-)
三瀬夏之介は、岩絵具、和紙を画材とし、自身が生活する土地や現代的、時事的な事象、大仏、日の丸などを繁殖的に結合させたモチーフを描く。大型の絵画を通して、「日本画」のあり方を問い続ける。
《Exchageability》 2017
東日本大震災に大きく動機づけられて制作されたというこの作品は、日の丸とも、同心円状の避難指示区域ともみえる大きな円が《Exchageability》、すなわち<交換可能なもの>というタイトルに示唆されているように、別な場所に縫い留められている。強制的に移住を余儀なくされてしまう人びとの暮らし、命の軽さに対する思いを抱えながら、自らの居場所を確かめるような作品となっている。
22.弓指寛治(1986-)
弓指は、本格的に画家としての作家活動に力を入れて進もうとした矢先、2015年の秋に母が自死してしまい、これまでの人生観や生活が一変してしまう程の大きな失望を経験する。 この出来事をきっかけに死者への鎮魂や、亡き者への視点を変容させる絵画作品の制作を手掛け始める。
《挽歌》2016
弓指は、母の葬式のとき、何か絵を描いてあげようとボールペンを持つと、頭で考えるより先に手が動き、鳥のかたちがあらわれた。 「最後に金のわっかみたいなやつを持たせた」それをお棺に入れてあげた、という。
そして、翌年にこの絵を描いた。作家は次のように語る。
「その時の鳥のモチーフで自然と絵が描けたから、そのイメージで母とつながれる気がしました。鳥やからどっかに飛んでいくじゃないですか。母親は飛んでいったんや、だから、どこにおるかぼくは知らんでもいい。」「 真っ赤に燃える大きな鳥を描いた。足元には、母が暮らした伊勢の町。無数に飛ぶ小さな鳥たちにも、金のわっかを持たせた。」
この作品は弓指の 全作家活動の原点にあたる作品であり、 弓指にとって芸術とはすなわち、死者と向き合うことだ、という。
23.宮永愛子(1974-)
宮永は、「変わりながらあり続ける」をテーマとして、ナフタリン、樹脂、ガラスの彫刻や塩、葉脈を用いたインスタレーション作品で注目を集める。
実家は宮永東山窯という、本人の曾祖父、初代宮永東山が京都・伏見に開窯した、北大路魯山人や富本憲吉が器を焼き、荒川豊蔵が工場長を務めたこともある名門 。本人は、「なんとなく向こうが透けて見える感じの素材に、いつもひかれてきました。土ものは光を通さないけれど、磁土は白くて光も通す。硬くて冷たくて、ガラス質。でも削ると陰影が出てとてもあたたかい印象が残ります」と語っている。
《景色のはじまり》2011
この作品は、金木犀の葉を苛性ソーダ液に浸し、スポンジでこすって葉脈のみを残し、糊でひたすら繋ぎ続けて作られた。使われた葉は六万枚、長さ15m、幅4mの巨大な布となる。一枚一枚の葉を繋ぐ作業は、人と人とを繋いでいく作業でもあるのだ、という。
この作品も、3.11後の悲惨な状況の中で制作された。高橋はこの作品について、次のように述べている。
「津波のように大きく波打つこの作品からは、人間の切ない思いが伝わってくる。一方で、その柔らかな光に包まれる空間は、鎮魂のベールのようにも思えるのだ。」
24.ob(1992-)
ob(オビ)は、高校生の頃からSNS上で発表するなど、SNS時代の申し子ともいえるアーティストである。
《Choking》2011
大きな瞳の少女をモチーフに繊細で幻想的な世界を表現する。 描かれるモチーフ、人物はアニメやゲームのキャラクターを思い起こさせる。思春期の不確実な感情を、淡い色彩で描き出している。
なお、「Choking」には、息苦しくさせる、窒息させるという意味から、(感動で)むせぶようなという意味がある。
25.谷保玲奈(1986-)
谷保は、幼少期をドミニカ共和国とボリビアで過ごした経験から得た色彩感覚、自然をとらえる雄大なスケール感が作品の特徴となっている。
《ウブスナ》2017
幅6.5メートルの大画面いっぱいに描き込まれる花々、キノコ、クラゲ、金魚、背景には富士山が描かれる。生命に対峙した時に湧いてくる神秘的な美しさを、精緻な描きこみと、強烈な色彩と、スケールの大きい時間軸で描く。
「産土(ウブスナ)」とは、この地で生を受ける、出自のことであり、その土地の守り神の意味もある。
26.鈴木ヒラク(1978-)
鈴木は、「描く」と「書く」の間を主題に、平面・彫刻・映像・インスタレーション・パフォーマンスなど様々な制作活動を展開し、ドローイングを拡張し続けている。
《道路》(網膜)2013
路上の交通標識などに用いられる反射板を素材として用いたドローイング作品。 光を反射し、ネガとポジが反転し、闇と光が交差する。
《Constellation #41》2020
作家の手から生み出される点と線が大きな銀河のように拡大していく。
「Constellation」(コンステラーション)とは、英語で「星座」の意。そこから転じて“点と線で連なっているもの”を表す語。
27.篠原有司男(1932-)
篠原は、破天荒で過激なパフォーマンスで日本の美術界に大きな衝撃を与え、日本の前衛芸術の一時代を築く。
1960年ごろから始めた、ボクシング・グローブに絵の具をつけてキャンバスを殴りつけながら絵を描く「ボクシング・ペインティング」は篠原有司男の代名詞となるが、これはマスメディア向けのパフォーマンスであり、芸術のつもりは毛頭なかったという。
《89才のパンチ》2021
「アクションそのものが純粋で重要なのだ」という。89才の篠原がコロナ渦の東京で行ったアクションの痕跡である。89才のアクション・アートに驚く。
28.根本敬(1958-)
根本は、「特殊漫画家」「特殊漫画大統領」を自称し、漫画雑誌『ガロ』などを舞台に過激な作風を展開する漫画家である。 そのスタイルは、いわるゆる「ヘタうま」に分類される。
《樹海》2017
近年は絵画の制作も手掛けるようになり、2016年からピカソの『ゲルニカ』と同サイズの巨大絵画を描くプロジェクト「根本敬ゲルニカ計画」をクラウドファンディングで集めた資金により行い、2017年9月に『樹海』として完成 した。
29.名和晃平
名和は、クリスタルビーズ、発砲ウレタン、シリコーンオイル、アルミニウムなどの素材を自在に駆使しながら、「情報」と「物質」のモンスターである現代社会を象徴する作品を作り続けている。
《PixCell-Lion》2015
土台となるライオンに、大小さまざまなクリスタル球をまとわせ、そのひとつひとつに「PixCell」ピクセル(画素)が映り込んで、光の束が噴き出すようにきらめく。
「PixCel」とは、Pixel(画素)とCell(細胞、器)をかけ合わせた造語。
現代アートといわれる作品をまとまって観てきた。その中には、これも「芸術」なのか、というような作品もあるが、岡本太郎が言った有名な言葉「芸術は爆発だ」ということを実感するように、アーティストの「内なる情熱」が形になって噴き出してる作品が多かった。
とくに伝統的な日本画の技法により、新たな素材を使い、これまでの日本画、洋画といった枠を飛び越えるような作品、スケールの大きな作品の迫力には圧倒された。
また、後半の東日本大震災後の衝撃を踏まえた作品にも感動を覚えた。
これら現代アートは、数百年後には、古典芸術と呼ばれるようになるのであろうか。江戸時代の伊藤若冲や、あるいは浮世絵なども、その当時においては現代アート、サブカルチャーであったわけであるが、いまや国宝になったり、日本を代表するアートになっている。
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