かつての本多家の武家屋敷跡は、「本多の森公園」となって県立美術館など、いくつかの美術館があります。また、いまや金沢の人気観光名所の一つになっている「金沢21世紀美術館」にもまわってみました。
1.石川県立美術館
県立美術館は、野々村仁清の代表作である国宝「色絵雉香炉」をはじめ、茶道具や絵画、書跡など加賀百万石の豊かな文化を伝える名品を多数所蔵している。
美術館が立地する辺りは、江戸時代には加賀藩の重臣である本多家の屋敷地などがあった由緒ある武家屋敷エリアである。 近年では、石川県立歴史博物館や国立工芸館などと隣接し、金沢を代表する文化・芸術ゾーンを形成している。
(1)国宝「色絵雉香炉」
美術館の目玉である国宝「色絵雉香炉」は、江戸時代初期(17世紀)に京焼の大成者として名高い名工・野々村仁清によって制作された。ほぼ等身大の雉をかたどった磁器製で、隣には重要文化財である「色絵雌雉香炉」が並び、雌雄一対となっている。この2つの香炉はもともと一対(つがい)として作られたが、江戸時代にそれぞれ異なるところで伝来され、約300年もの間、離ればなれになっていた。
雄の雉(国宝)は、 加賀藩前田家に伝わり、後に前田育徳会から石川県へ譲渡(石川県立美術館所蔵)された。 雌の雉(重文)は、 京都の商家などに伝わり、長年民間のコレクターや他県の美術館などが所蔵していたが、2000年代に入り、石川県が雌の香炉を入手したことで、ようやく石川県立美術館で「つがい」として一緒に常設展示されることとなった。
(2)展示されていた作品
古九谷など、加賀の伝統工芸品が並ぶ。
《青手桜花散文平鉢 古九谷》江戸時代17c 《青手桜花散文平鉢 古九谷》江戸時代17c 《色絵唐人物図鉢 春日山窯》江戸時代19c 《染付獅噛文鉢 若杉窯》江戸時代19c 《色絵芦翡翠図平鉢 松山窯》江戸時代19c
(3)建物
現在の建物は1959年(昭和34年)に開館した旧館の老朽化等により、本多の森公園周辺にあたる現在地に新たに建設された。
旧石川県立美術館の設計を手掛けたのは、金沢生まれの建築家・谷口吉郎(父)である。吉郎が故郷の金沢で初めて手掛けた公共建築で、1959年竣工した。この旧館は取り壊さず残す形で、伝統産業工芸館(現・いしかわ生活工芸ミュージアム)
として、現在も成巽閣に隣接して活用されている。
2.国立工芸館
(1)建物
国立工芸館は、もともと東京・北の丸公園にあった東京国立近代美術館工芸館を、石川県が誘致したことで、2020年に通称「国立工芸館」として金沢市に移転して誕生した。
国立工芸館の建物は、明治時代に建てられた2つの旧陸軍の施設を移築・復元し、一体の美術館として再整備したもの。向かって左側の建物は、 1898年(明治31年)に旧陸軍第九師団司令部庁舎として建てられた木造2階建ての洋風建築である。飾りの付いた上げ下げ窓や重厚なケヤキ造りの階段など、明治期の官庁建築の面影を色濃く残している。向かって右側の建物は、1909年(明治42年)に旧陸軍金沢偕行社として建てられた、陸軍将校たちの親睦・社交場だった建物である。長大なベランダや彫刻が施された柱など、美しいルネサンス風のディテールが特徴である。この二つの建物を、建設当時の外観カラーを忠実に再現しつつ、2棟の間をガラス張りの近代的なエントランスで繋いでいる。
なお、旧東京国立近代美術館工芸館は、1910年(明治43年)に建てられた旧近衛師団司令部庁舎であり、明治期の貴重な洋風赤煉瓦建築である。 戦前は天皇と皇居を護衛するエリート部隊「近衛師団」の司令部として機能していたが、 1977年に「東京国立近代美術館工芸館」として開館した。金沢に移転したことに伴い、いまは美術館としての役割を終え、建物自体が大切に保存されている。内部への立ち入りは原則できないが、北の丸公園の緑に映える美しい建物である。
東京(旧工芸館)と金沢(現在の国立工芸館)の建物は、どちらも明治時代に建てられた陸軍の施設という共通点はあるが、東京の重厚な赤煉瓦造りに対し、金沢の建物はカラフルで気品のある木造洋風建築である。
(参照):
東京異空間91:絵で見る桜と奈良原一高~東京国立近代美術館(2023/4/5)
(2)ルネ・ラリック展
訪ねたときには「ルネ・ラリック展」が開かれていた。
ルネ・ラリック(1860-1945)はジュエリーとガラスのふたつの分野で活躍したフランスの工芸作家。ラリックは優美な曲線に彩られたジュエリーに始まり、ガラスの透明感や色彩を生かした花瓶や香水瓶、カーマスコットなど、アール・ヌーヴォー、次いでアール・デコと呼ばれた時代の美術様式を映し出した数多くの作品を発表した。
また、ラリックに先駆けて活躍したエミール・ガレ(1846-1904)やドーム兄弟(オーギュスト:1853-1909 /アントナン:1864-1930)など、同時代の工芸・デザイン作品もあわせて展示されていた。
ルネ・ラリック《花瓶 射手》1923 ルネ・ラリック《花瓶 すぐり》1924 ルネ・ラリック《花瓶 ダリア》1923 《コンパクト》 ルネ・ラリック《ブローチ 翼のある風の精》1898 ルネ・ラリック《立像 小首を傾ける女》1919 ルネ・ラリック《立像 タイス》1925 ルネ・ラリック《立像 スザンヌ》1925 ルネ・ラリック《カーマスコット ロンシャン》1929 ルネ・ラリック《カーマスコット 勝利の女神》1928 ルネ・ラリック《カーマスコット 勝利の女神》1928 ルネ・ラリック《立像 泉の精 タリア》1924 ルネ・ラリック《立像 泉の精 タリア》1924
| ルネ・ラリック《花瓶 オラン》1927 |
| ルネ・ラリック《花瓶 サルモニデ》1928 |
| ルネ・ラリック《花瓶 サルモニデ》1928 |
| ルネ・ラリック《花瓶 カワセミ》 |
| エミール・ガレ《獅子頭 日本の怪獣の頭》 c1876-84 |
| エミール・ガレ《ウリ文筒形花瓶》c1884-89 |
| ドーム兄弟《春景文扁壺》c1910 |
| ドーム兄弟《風雨樹林文鉢》c1903 |
| ドーム兄弟《西洋柳文スフレ花瓶》1906 |
| アルフォンス・ミュシャ《民衆美術協会》1897 |
| アンリ・プリヴァ=リヴモン《アブサン・ロベット》1896 |
| エミール=アントワーヌ・ブールデル《ヴェールの踊り》1910 |
| ジャン・デュナン《球形花瓶(金、赤)》c1925 |
| ルネ・ビュトー《裸婦図壺》c1920-25 |
(3)松田権六
2階には、金沢が生んだ漆芸界の巨匠であり、「漆聖」とも称される人間国宝・松田権六(1896-1986)の工房が完全復元されている。これは単なる再現セットではなく、東京・文京区にあった本物の工房を丸ごと金沢へ運んで組み立てたもの。
東京の旧工芸館から金沢への移転は、まさにこの「漆芸の神様」が生まれ育った故郷へと、その魂の拠り所ごと還ってきたような、歴史的にも非常に意味深いプロジェクトといえる。
| 完全復元された工房 |
| 松田権六《蒔絵松文銘々皿》1965 |
| 松田権六《桜文神代欅棗》 1976 |
| 松田権六《鶴蒔絵煙草入》 1955 |
3.いしかわ赤レンガミュージアム
国立工芸館の隣にある「いしかわ赤レンガミュージアム」には、石川県立歴史博物館 と加賀本多博物館がある。
これらの博物館や、国立工芸館、隣接する石川県立美術館がある高台一帯は、藩政期に「本多家上屋敷」であった。崖の下には家臣たちが暮らす「下屋敷」が広がってた。先に見た「鈴木大拙館」はこちらの場所に当たる。(鈴木大拙自身も、代々本多家に仕える藩医の家系に生まれ、この屋敷地にほど近い場所で育った。)
本多家は、 初代の本多政重(徳川家康の側近・本多正信の次男)が前田家に仕えた際、大名並みである5万石の禄高と、約1万坪に及ぶ広大な土地を拝領した。現在は 「本多の森公園」となっている。かつての「上屋敷」と「下屋敷」を結ぶ道は「美術の小道」と名付けられている。
| 美術の小道 |
| 美術の小道 |
4.金沢21世紀美術館
金沢21世紀美術館は、「まちに開かれた公園のような美術館」をコンセプトに2004年に開館した。いまでは、金沢観光の人気スポットとして知られている。入館者は、開館当初(2004年〜)は、初年度の目標30万人に対し、半年で約68万人、その後は年130万〜150万人前後で推移し、2018年度には過去最高となる約258万人を記録した。 コロナの影響を挟んで、直近の 2025年度には、207万9288人と6年ぶりに200万人台を回復した。入館者は、10代〜30代の若い世代が圧倒的多数を占め、外国人観光客が20%を占めるという。
(1)建物
こうした入館者数の多さは、兼六園、金沢城公園といった金沢を代表する観光地のすぐ中心に位置しているという立地の良さもあるが、建物のつくりにも秘密がある。円形デザインにして、 正面玄関を作らずに、4つの入り口があり、どの方向から来た人も拒まずに吸い込む構造となっている。また、 建物全体の約60%が誰でも無料で入れるエリアとして、通り抜けや散歩、休憩スペースとして開放し、観光のハブとして機能 している。
建物は、建築家ユニットSANAA(妹島和世+西沢立衛)が設計を手掛け、建築界のノーベル賞とされるプリツカー賞の受賞にも繋がった名建築とされる。
(2)スイミング・プール
美術館の人気の目玉は《スイミング・プール》である。この作品は、アルゼンチン出身の現代アーティスト、レアンドロ・エルリッヒ(Leandro Erlich)の代表作である。
作者・エルリッヒは、 1973年ブエノスアイレス生まれ。視覚的な錯覚や仕掛けを用いて、観客の「常識」や「現実の捉え方」を揺るがす体験型のインスタレーションで世界的に知られている。
この作品は、「水がないのに、プールの中に人が歩いているように見える」という不思議な視覚体験ができるというのが人気の秘密。 地上の人は「水底を歩く人」を覗き込み、地下の人は「水面から見下ろす人」を見上げ、お互い見知らぬ人同士が笑顔で手を振り合う といった交流がみられる。
この不思議なプールの仕組みは、 地上から見下ろすと深く水で満たされた本物のプールに見えるが、実際は透明なガラスの上にわずか約10cmの水が張られているだけ。ガラスの下(地下部分)はプールらしく水色に塗装された空洞になっており、人が衣服を着たまま自由に歩き回れる構造となっている。
なお、プールの地下部に入るのは事前予約制となっている。
地上から見る
21世紀美術館をめぐったあと、向かい側にある石浦神社に参りました。



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