2025年3月22日土曜日

東京異空間288:エド・イン・ブラック@板橋区立美術館


 

エド・イン・ブラック~黒からみる江戸絵画@板橋区立美術館に行ってきました。

板橋区立美術館は、狩野派を中心とした江戸時代の絵画をコレクションで知られていますが、今回もユニークな企画の展覧会が開催されています。 タイトルにあるように、黒に焦点を当てた絵画からその特徴を引き出しています。

とくに印象に残った絵画を見ていきたいと思います。

板橋区立美術館・入口

板橋区立美術館

1.黒からみる夜

江戸時代になると、「影」や「暗闇」などに注目し、夜という特別な時間を表現した作品が登場してくる。

(1)長沢芦雪 《月夜山水図 》兵庫県立美術館

長沢芦雪(1754-1799)は、自由奔放、奇抜な絵を描き、同時代の曾我蕭白、伊藤若冲とともに「奇想の画家」として知られる。

芦雪の《月夜山水図 》では墨の滲みやぼかし、濃淡を巧みに操り幽玄な夜の情景を描き出している。



(2)墨江武禅 《月下山水図》 府中市美術館

墨江武禅(1734-1806)という絵師の作品は初めて見た。墨江武禅は 大坂の船町に住む船頭であったが月岡雪鼎に絵を学ぶ一方で、中国絵画に関心を寄せ、光を意識した幻想的な作品やオランダ絵画の写しなど、一風変わった作品を描いている。

2015年には千葉市美術館で「唐画もん - 武禅に閬苑、若冲も」という展覧会が開催されており、知る人ぞ知るという絵師である。

展示されていた墨江武禅の《月下山水図》は、絹地を効果的に使うことで、岩肌や水面に月光が反射する様子を静けさとともに描き出していて、風景画としては少し異様な雰囲気がある。



(3)亜欧堂田善《品川月夜図》神戸市立博物館

亜欧堂田善(1748-1822)は、1748年に現在の福島県須賀川市に生まれた。田善47歳の時、白河藩主・松平定信に見出され、谷文晁に師事することになり、さらに江戸に出て銅版画を修得することを命じられ、本格的に西洋画法を学んだ。この作品も西洋画法を学んだ田善が斬新な視点で、品川の月夜を深い静寂と抒情を湛えて描いている。

亜欧堂田善の作品は、以前、千葉市美術館で開催された「亜欧堂田善 江戸の洋風画家・創造の軌跡」(2023年)で観ている。

(参照):

「亜欧堂田善」展を観た~千葉市美術館2023/2/11




(4)鈴木其一《暁桜夜桜図》 黒川古文化研究所

鈴木其一(1795-1858)は、江戸琳派の祖、酒井抱一の弟子で、事実上の後継者とされる。高い描写力、明快な色彩や構図で、面白味を含ませる機知的かつ理知的な画風をが特徴とされ、 琳派の掉尾を飾るとも評される。

鈴木其一の《暁桜夜桜図》は、右幅に夜明けの桜、左幅に夜桜が対になるように描かれた作品で、二つを並べることで時間による光の変化を見せている。



(5)狩野了承 《二十六夜待図 》

狩野了承(かのうりょうしょう:17681846)は、山形県酒田市に生まれ、江戸に上り、画を鍛冶橋狩野家の探信守道に学び、画才を認められ、狩野派の最上位である「奥絵師」4家に次ぐ15家の「表絵師」のうちの1つ、深川水場狩野家の当主となる。 了承の作品は、画師の狩野探信守道が大和絵に巧みであったせいか、大和絵が多く残されており、装飾的な彼の好みは、琳派の画風を取り入れ狩野派の絵師という範疇からはかなりはみ出た画風とされる。

描かれた「二十六夜待」とは、陰暦の1月と7月の26日に、夜明け前に東から上方が欠けた下弦後の弓形の月が出るのを待って拝む慣わしをいう。月光のなかに阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩の三尊の姿が現れ、それを拝むという月待講の信仰である。月の出の際、弓形の月の両端が現れ(観音菩薩、勢至菩薩)、続いて月の本体(阿弥陀如来)が現れ、これを三光という。三光を拝むには高台や海辺が適しており、特に高輪から品川の海辺で「二十六夜待」は盛んに行われた。

この絵は、俯瞰して遠く房総半島から昇ってくる月と、それを見るために集まった人で賑わう「江戸湾」の海沿いの町、おそらく品川か高輪の町を描いてるのだろう。月明かりでぼんやりと浮かぶ海、月=金色の光を発する阿弥陀三尊の姿が現れるのを待つ人々が小さく描かれ、幻想的な光景となっている。浮世絵でも水墨画でもない、どこか西洋的な風景画を思わせる不思議な絵だ。この作品は、昨年2024年、府中市美術館で開かれた「 ほとけの国の美術」展で観て感動した。今回の展覧会で、もういちど見たかった作品である。

(参照):

東京異空間190:「ほとけの国の美術」展@府中市美術館2024/4/12



2.黒が象徴すること

黒を基調とし、背景を黒く塗り込んだ作品や、白黒が反転したような趣を持つ作品。これらは中国版画の影響や中国的趣味の受容によるものが多く、とりわけ文化人に愛された。

(1)伊藤若冲 《乗興舟 千葉市美術館

伊藤若冲は(1716-1800)は、京・錦小路の青物問屋の長男として生まれたが、齢40にして、家督を弟に譲り早々と隠居し画業に専念した。

若冲は、辻惟夫の『奇想の系譜』(1970年)によって奇想の画家のひとりとして再評価され、1990年以降、ジョー・プライスのコレクションや、動物綵絵三十巻(三の丸尚蔵館)などの作品が展覧会で公開され、一躍人気となった。

背景を黒く塗りこめた伊藤若冲の《乗興舟》は、京都から大阪までの淀川の風景を描いた絵巻物で、若冲と大典が淀川を下って大坂へ向かった舟の中で、若冲が絵を描き、大典が詩を記したものである。版画の技法を用いており、白黒が反転しているのが特徴となっている。 本作は版木が残っており、正面摺という技法で制作された。これは、版木に水分を含ませた紙を置いて凹部に紙を押し込み、表から墨を塗ることで絶妙な色調を生み出す技法である。



(2)伊藤若冲 《玄圃瑤華》(「瓢箪・夾竹桃」「薊・粟」) 東京国立博物館

伊藤若冲 《玄圃瑤華》も黒を基調とした作品である。「玄圃瑤華」の「玄圃」は崑崙山にある仙人の住む理想郷」であり、「瑤華」は玉のように美しい花の意味を意味し 、若冲の理想とする世界観が表現されている。 紙の草花や野菜、昆虫など、身近な自然の中に存在する生命が、白と黒の対比によって力強く、そして繊細に描かれています。墨の濃淡と筆致の強弱が織りなす陰影は、まるで生命が光を浴びて輝いている。

浮世絵版画とは異なり、多色刷りではなく、白と黒のみで表現され、若冲が、色彩に頼ることなく、墨の濃淡や筆致の強弱によって、対象の質感や量感、そして生命力までも表現できる、高い技術力を持っていたことを示している。



(3)白隠慧鶴 《維摩像》 大阪中之島美術館

白隠慧鶴(1686-1769)は、臨済宗中興の祖とされる禅僧。広く民衆への布教につとめ、その際に禅の教えを著した絵を数多く描いた。その数は一万点を超えるともいわれる。これらの絵は、型破りな絵に白隠ならではのユーモアが込められていて、禅の意味を絵と賛で重層的に表現する「禅画」というジャンルを確立したとされる。

《維摩像》は、維摩居士という古代インドの商人で、釋迦の在家の弟子として知られる知恵者を描いたもので、やはり黒の背景に人物を浮かび上がらせ、賛の文字も白く抜いている。



(4)鳥文斎栄之《三福神吉原通い図巻》

鳥文斎栄之(ちょうぶんさい えいし:1756-1829)は、旗本出身という異色の出自をもつ浮世絵師で、もっぱら肉筆の美人風俗画を描いたことで知られている。その気品ある清雅な画風で人気を得たという。

昨年2024年、鳥文斎栄之の初めての大規模展が千葉市美術館で開催され、観に行っている。

《三福神吉原通い図》は、恵比寿、大黒、福禄寿の三福神が隅田川を上って吉原に向い、最後に遊興するまでを描くユーモラスな図巻 である。艶やかな着物をまとった女性たちとは対照的に、三福神はほぼ墨で描かれており、一瞬で鑑賞者に人とは異なる存在であることを示唆している。

(参照):

東京異空間179: 鳥文斎栄之展@千葉市美術館2024/2/12




(5)抱亭五清《汐汲図》 すみだ北斎美術館

抱亭五清(ほうてい ごせい:? -1835 )は、葛飾北斎の門人で、「抱亭」という号は女好きな性格から「抱きてえ」を掛け「だきてい」と読み、またその女好きが高じて北斎の妻に手を出し破門されたなどといわれているが、俗説であり、「抱亭」とは別号「方亭」の字を替えたもので「ほうてい」と読むそうだ。

抱亭五清の《汐汲図》は、「ろうけつ染め」の技法を取り入れていて、その技巧はここまで来ると美人画を越えて、もはや工芸品のようである。このような作品は五清によるもう1点のほか、他に例がないとされる。着物の模様も相まって、不思議な魅力を放っている。



(6)柴田是真 《漆絵画帖》

柴田是真(1807-1891)は漆工家、絵師であったが、とりわけ和紙に彩漆(いろうるし)で描く「漆絵」で独特の作風を築き、ウィーン万博などに出品するなど明治漆工界に貢献した。

(参照):

東京異空間80:「柴田是真と能楽」~国立能楽堂2023/1/27


3.黒が演出する神秘的な美しさ

〇狩野了承《秋草図屏風》 板橋区立美術館

普段の美術館とは違って、暗闇の中でわずかな灯りとともに作品を鑑賞するコーナーが用意されていて、そこに狩野了承《秋草図屏風》が置かれている。蝋燭のような灯りの中で金屏風の柔らかな輝きによる美しさを観賞することができる。

《秋草図屏風》は、さわやかな秋風に、薄・萩・女郎花など秋の草花が身を寄せ合ってそよぐ姿を、金箔地の六曲一双の大画面にリズミカルに描いた作品である。背景は金箔で埋め尽くされ、何も描かれていないが、見る者は秋の草原に立っているように感じることができる。これを 蝋燭のように調整できる灯りの中で観ると、金箔が揺らめき、ときに輝き、秋の草花が風にそよぐように見えてくる。薄暗い中の光が醸し出す神秘的な美しさであった。


もうひとつ、印象に残った作品を取り上げてみます。森一鳳《星図》は北斗七星のような星だけだけを描いていて夜空を表現しています。このような作例は他にないということです。これを観て、先に見た「空の発見」@松濤美術館を思い出しました。というのは、日本美術史において、本格的に空が描かれてくるようになるのは、近代に西洋画が入ってきて写実的に描く技法を取り入れるとともに、科学的な気象観測の知識も得てからということですが、この作品は慶応3年(1867)に描かれ、しかも夜空を描いています。これも新たな「空の発見」かもしれません。

今回の黒を基調とした江戸絵画という企画の面白さを満喫しました。

(参照):

東京異空間248:美術展を巡るⅦ~空の発見@渋谷区立松濤美術館2024/11/20


〇森一鳳《星図》 慶応3年(1867) 個人蔵  

星のみが描かれた珍しい作品。江戸絵画においてこのような作例は他にないとのこと 。

森 一鳳(もり いっぽう:1798-1872)は、猿を描いた森祖仙、森徹山、一鳳と続く森派の絵師。 祖の狙仙が猿の毛書きに代表される細密な描写を得意としたのに対し、一鳳は色彩の濃淡を用いて面的に対象を描写するのを得意とした。



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