千駄ヶ谷駅にちかい佐藤美術館で開催されている「塩谷亮~刻を描くリアリズム」展を観てきました(2026年2月15日まで)。
塩谷亮(1975-)の作品を観るのは初めてでしたが、彼などが描く「超写実絵画」については、以前から関心がありました。「超写実絵画」とは、写真や実物と見紛うほど細密に、写実的に描写された油彩画を言います。こうした作品を所蔵している千葉にあるホキ美術館がよく知られています。ここには写実絵画を代表する森本草介、野田弘志、島村信之などの作家の作品が展示されています。また、同じく写実画家である諏訪敦の描く作品は府中市美術館で観たことがあります。
塩谷の作品を観て、写実と写真の違いなどについてまとめてみました。
(参照):
東京異空間79:諏訪敦「眼窟裏の火事」~府中市美術館(2023/1/15)
1.写実と写真
超写実絵画は、先に述べたように写真と見紛うほどにリアルに描かれるが、写真と写実の決定的な違いは、写真はカメラ・レンズを通して見るのに対し、写実は画家の目を通して直接見るということにある。レンズを通すと、焦点(ピント)のあったところはクリアだが、その周辺はボケることになる。それに対し、画家の目を通すとなると、画家の裁量により、どこでも焦点が合うことができる。それにより、写真では表現しきれない「存在感」を提示することができる。
また、写真は、カメラのシャッターにより一瞬で景色、被写体を切り取ることができる(プリントなどの工程を除いてだが)のに対し、写実は、画家が膨大な時間をかけて光や質感を観察・再構築し、現実以上に現実らしい「画家の理想」を描き出す。
制作にかかる時間は、塩谷の場合、一年間で大作小品あわせて十点弱だと語っているが、画家によっては1作に一年以上かけている場合もあるようだ。
塩谷は写真との違いについて次のように述べている。
「写実と写真は近しい存在だけに理念をしっかり持って使用すべきです。私の考える写実は、写真に写らないものを描き出すことであり、その基本は、あくまで肉眼で対象物や空間を「見て、考え、感じる」ことです。」
塩谷の作品を従来の分類である、人物、静物などに分けて整理してみた。ただし、塩谷自身はこうした分類は取らないとしている。
(参考):
『塩谷亮の写実絵画教本』 塩谷亮 芸術新聞社 2022年
(1)人物画
《Autunno》 2018
《遠い空》 2005
《漂》 2007
《明日》 2008
《余映》習作 2025
《Toscana》2009
《息》2023
(2)静物画
《地の脈動》2022
(3)風景画
《杜》2017
(5)塩谷亮
1975年生まれ、武蔵野美術大学卒1998年、 海外派遣研修(イタリア)2008年。
幼少期に頃から写実志向であった。「図工で空想画を描くよりも、理科で朝顔やヘチマを描くほうが楽しかった。」美大を卒業して基本に立ち返ろうと決意し、写実の道を歩むことにしました」と語る。
《海》5歳 1980
2.超写実絵画の先駆者
超写実絵画の先駆者として、高橋由一と高島野十郎などがあげられる。
(1)高橋由一(1828-1894)
高橋由一は、近代日本洋画における開拓者であり、油彩写実の祖である。代表的な作品として《鮭》《花魁》などがよく知られている。 《花魁》という作品に着目して、新関公子は次のように述べている。
「カメラは、ピントを顔面に合わせれば末端は微妙に不鮮明になる。ボケる。レンズは一点焼失遠近法の原理でできている。・・・ところが由一の絵は全細部にピントが合っている。人間の目はカメラのレンズと同じで、どこかに焦点を合わせてみるから由一の絵のように一瞥で全面を同じ鮮明さに見ることはできない。由一の絵の見え方は超現実的なのである。」
由一にとって、西洋画法による油彩画こそが「写真」であった。すなわち、「写真」にレ点を入れれば「真ヲ写ス」となり、まさに真実を写すものと思われていた。
ただ、モデルとなった新吉原・稲本楼の最高級花魁、小稲(こいね)が、その仕上がりを見て「わちき(私)はこんな顔ではない」と不満をもらした、というエピソードはよく知られている。
(参考):
『東京美術学校』新関公子 岩波新書 2025年
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| 《丁髷姿の自画像》 |
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| 《鮭》 |
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| 《花魁》 |
(2)高島野十郎(1890-1975)
高島は、生涯を独身で通し、名声よりも自らの理想とする緻密な写実技法で絵画の完成に捧げたその生き様から、「孤高の画家」と呼ばれる。
代表作《蝋燭》にみるように、細部までこだわり抜いた描写で、闇の中に浮かび上がる光や空気を表現した。また、《月》を描くにあたっては「月そのものではなく、闇を描きたかった」と語るなど、対象の物質的な再現を超えて、その空間や精神性までも描き出そうとした。
(参照):
東京異空間348:高島野十郎展@千葉県立美術館(2025/10/4)
東京異空間349:高島野十郎と上石神井公園を歩く(2025/10/5)
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| 《蝋燭》 |
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| 《月》 |
(3)鹿子木孟郎(かのこぎ たけしろう、1874-1941)
写実絵画の先駆者として、 鹿子木孟郎も加えることができる。鹿子木は、フランスの古典派絵画を基盤とした、確かな技術と深い観察に基づく「写実表現」を日本にもたらした。 そして、流行に迎合せず、写実という厳格な軸を貫いたため、晩年には「不倒の画家」とも称された。
なお、「生誕151年からの鹿子木孟郎 ―不倒の油画道」@泉屋博古館・東京が開催されている( 2026.01.17~04.05)。
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| 鹿子木孟郎《婦人像》 |
写真が新しい媒体だった頃は、絵画にとって脅威としてとらえられました。1839年に写真が登場した時、画家のポール・ドラローシュは「絵画は死んだ」と有名な言葉を残しています。しかし、その後の美術史を見れば、このドラローシュの考えは誤りであることが証明されます 。
現代では、生成AIで作ったデジタル写真がウェブ空間に氾濫し、「写真」の意味が大きく変容しています。超現実的であるということは、フェイクでもあるわけです。
いっぽう、超写実絵画は、人気が高く、いわばブームになっているといってもよいでしょう。作品を観たように、超写実ということは超現実でもあるということです。しかし、それはフェイクではなく、画家の主観的な真実であるといえます。
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